■ 回帰 (4)
「今日は、お伺いしたいことがあってきました」
真剣な表情をうかべた少年の顔を、店主はしばらくながめていた。
その瞳の奥に宿っている、以前にはなかった力強さに、いつか来るような気がしていた時が、ついに来たのだと思った。これまであえてしてこなかった、過去について語る時が来たのだと。
カウンターをでて、扉にかけていた札を【本日終了】に付け替えた。まだ閉店時間には早いが、ゆっくり話すにはこのほうがいいだろう。
「きっとそうだろうと思ったよ。さっき店に入ってきたときから、きみは何か聞きたそうな顔をしてた」
そう言うと、少年はかすかに苦笑するような表情をうかべた。
「気づいていらしたんですね」
「まあ、ね」
「お答えいただけるでしょうか」
その問いに、店主はゆっくりと天井を仰ぎ見て、少し考える仕草をした。そして、
「質問の内容にもよるよ。でも、できるかぎり答えると誓おう」
と言った。
目の前の少年の表情は穏やかだった。以前見た、迷いを抱えた表情とは違っている。今ももちろん迷いはあるのかもしれないが、それを受け入れることができたのだろうと思えた。
「ずいぶん成長したね、アルバトロス。アル、とまた呼んでもいいのかな」
店主の言葉に、少年は笑った。
「はい、もちろんです」
アルバトロス少年はうれしそうに言った。
------
遠ざかってゆくアルバトロスの後ろ姿を、店主は店の前に立ち見送った。
途中、一度だけ振り返ったアルバトロスが深々と頭を下げたのが見えた。店主はそれに、大きく手を振って応えた。
あの後、アルバトロスから訊ねられたのは、ただ一言、
「なぜ、飛ぶのをやめたのですか?」
という問いだけだった。
それに対し、店主は、
「飛ぶのが嫌になったからさ」
とだけ言った。
アルバトロスはその答えを聞くと、一瞬目を見開いて、それから「そうですか」と呟いて微笑をうかべると、
「ぼくは、飛ぶことが好きです。今でも、まだ」
と、大きくはないが、はっきりとした声で言った。
「飛んでいたいです、ずっと」
アルバトロスの言葉に、店主は頷いて見せた。
「それなら飛び続ければいいさ。自分が納得いくまで」
そこで言葉を切ってから、店主は、「これは、あくまでも個人的な見解だけど」と断ってから言葉を継いだ。
「戦闘機に乗ることに、国を守る使命感を持つ人もいるだろうし、単純に自分の力を試したいだけの人もいる。そして、戦うことに喜びをかんじる人もいれば、誰かと争っていることに悩む人もいる。いろいろな考えの人がいる。人はそれぞれに自分の信念を持っている。みんな違う。何が正しいのかなんて、一概に言えることじゃない。ただひとつ言えることは、自分自身が正しいと思うことだけは、自分で決めることができるということだ」
店主はアルバトロスの瞳をじっと見つめた。
「自分の信じる道を進めばいい。飛ぶことが好きなら、飛び続ければいいのさ。ぼくは、飛ぶこと自体が嫌になったからすっぱりやめたけれどね。きみは、きみのしたいようにすればいいさ。それに、戦闘機に乗ることだけが、飛ぶことじゃないよ」
店主の言葉に、アルバトロスはこくんと頷き、「はい」と答えた。
------
数日がたった夕暮れ時に、アルバトロスから手紙が届いた。
そこには、先日の礼の言葉とともに、軍に除隊願いを提出したこと、そして、旅客機パイロットになるための訓練を受けることにしたことなどがアルバトロスらしいすっきりとした字で書かれていた。
入り日が、店の中を照らしている。
店主は窓辺から黄金色に染まった空を見た。その美しい空のなかを悠々と飛ぶであろうアルバトロスの姿が、ありありと思い浮かんできた。
空と海の間を、飛行機がひとつ飛んでゆく。
まるで鳥のように、なんの苦もなく浮かぶ機体は徐々に遠ざかり、やがて黄金色をした水平線の彼方にすいこまれてゆく。
そうやって、いつまでも飛びつづけてゆく。
いつまでも、いつまでも。
果てることなく。
アルバトロスは、飛んでゆく。
《完》
真剣な表情をうかべた少年の顔を、店主はしばらくながめていた。
その瞳の奥に宿っている、以前にはなかった力強さに、いつか来るような気がしていた時が、ついに来たのだと思った。これまであえてしてこなかった、過去について語る時が来たのだと。
カウンターをでて、扉にかけていた札を【本日終了】に付け替えた。まだ閉店時間には早いが、ゆっくり話すにはこのほうがいいだろう。
「きっとそうだろうと思ったよ。さっき店に入ってきたときから、きみは何か聞きたそうな顔をしてた」
そう言うと、少年はかすかに苦笑するような表情をうかべた。
「気づいていらしたんですね」
「まあ、ね」
「お答えいただけるでしょうか」
その問いに、店主はゆっくりと天井を仰ぎ見て、少し考える仕草をした。そして、
「質問の内容にもよるよ。でも、できるかぎり答えると誓おう」
と言った。
目の前の少年の表情は穏やかだった。以前見た、迷いを抱えた表情とは違っている。今ももちろん迷いはあるのかもしれないが、それを受け入れることができたのだろうと思えた。
「ずいぶん成長したね、アルバトロス。アル、とまた呼んでもいいのかな」
店主の言葉に、少年は笑った。
「はい、もちろんです」
アルバトロス少年はうれしそうに言った。
------
遠ざかってゆくアルバトロスの後ろ姿を、店主は店の前に立ち見送った。
途中、一度だけ振り返ったアルバトロスが深々と頭を下げたのが見えた。店主はそれに、大きく手を振って応えた。
あの後、アルバトロスから訊ねられたのは、ただ一言、
「なぜ、飛ぶのをやめたのですか?」
という問いだけだった。
それに対し、店主は、
「飛ぶのが嫌になったからさ」
とだけ言った。
アルバトロスはその答えを聞くと、一瞬目を見開いて、それから「そうですか」と呟いて微笑をうかべると、
「ぼくは、飛ぶことが好きです。今でも、まだ」
と、大きくはないが、はっきりとした声で言った。
「飛んでいたいです、ずっと」
アルバトロスの言葉に、店主は頷いて見せた。
「それなら飛び続ければいいさ。自分が納得いくまで」
そこで言葉を切ってから、店主は、「これは、あくまでも個人的な見解だけど」と断ってから言葉を継いだ。
「戦闘機に乗ることに、国を守る使命感を持つ人もいるだろうし、単純に自分の力を試したいだけの人もいる。そして、戦うことに喜びをかんじる人もいれば、誰かと争っていることに悩む人もいる。いろいろな考えの人がいる。人はそれぞれに自分の信念を持っている。みんな違う。何が正しいのかなんて、一概に言えることじゃない。ただひとつ言えることは、自分自身が正しいと思うことだけは、自分で決めることができるということだ」
店主はアルバトロスの瞳をじっと見つめた。
「自分の信じる道を進めばいい。飛ぶことが好きなら、飛び続ければいいのさ。ぼくは、飛ぶこと自体が嫌になったからすっぱりやめたけれどね。きみは、きみのしたいようにすればいいさ。それに、戦闘機に乗ることだけが、飛ぶことじゃないよ」
店主の言葉に、アルバトロスはこくんと頷き、「はい」と答えた。
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数日がたった夕暮れ時に、アルバトロスから手紙が届いた。
そこには、先日の礼の言葉とともに、軍に除隊願いを提出したこと、そして、旅客機パイロットになるための訓練を受けることにしたことなどがアルバトロスらしいすっきりとした字で書かれていた。
入り日が、店の中を照らしている。
店主は窓辺から黄金色に染まった空を見た。その美しい空のなかを悠々と飛ぶであろうアルバトロスの姿が、ありありと思い浮かんできた。
空と海の間を、飛行機がひとつ飛んでゆく。
まるで鳥のように、なんの苦もなく浮かぶ機体は徐々に遠ざかり、やがて黄金色をした水平線の彼方にすいこまれてゆく。
そうやって、いつまでも飛びつづけてゆく。
いつまでも、いつまでも。
果てることなく。
アルバトロスは、飛んでゆく。
《完》
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■ コメント
Re: タイトルなし
おおおおっ・・!
完結っ・・!!
店主の言葉に思わず、うんうんとうなずいてしまいました
>自分の信じる道を進めばいい
というのは、何にしてもあり得るなぁ・・と感じました
アルバトロスは、飛び続ける、んですよね
とっても素敵な終わり方でしたし、面白かったです!
完結っ・・!!
店主の言葉に思わず、うんうんとうなずいてしまいました
>自分の信じる道を進めばいい
というのは、何にしてもあり得るなぁ・・と感じました
アルバトロスは、飛び続ける、んですよね
とっても素敵な終わり方でしたし、面白かったです!
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はい、完結いたしました!
ラストはちょっと悩みましたが、アルバトロスが成長する過程を書けたかなと思い、ここで物語を終えることにしました。
もちろんアルバトロスは飛び続けますよ~^^
できたらサイドストーリーも書いてみたいなと思ってます。
おもしろかったと言っていただけて本当にうれしいです。
読んでいただいてありがとうございました!