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ハトノユメ

自作小説ブログ

回帰 (3)

あくる日、ひとしきり賑わった昼食時がすぎ、客がひけた店内で、店主は新しいドーナツの試作品を作っていた。

今度ひげの友人が訪ねてきたときに食べてもらおうと思っている、甘さをおさえ、木の実を加えてみたものだ。


香ばしいかおりが広がる店内に、扉が開く音が聞こえてきた。扉につけた鈴が、リリン、リリンと来客を伝えている。

やがて静かに店内に姿を見せた。

「やあ、きみか。ひさしぶりだね。元気だったかい」

店主がカウンターの席をすすめると、その見知った客は素直に席につく。かなり年若いその客は、以前の印象よりも少しだけ大きくなったように見えた。

「今日、君がくるような予感がしたんだ。なぜだかわからないけれど、店の準備をしていてふとそんな気がした。本当にきてくれるなんて、ぼくは超能力者かもしれないね」

店主の言葉に、若い客は少し笑う。そのはにかんだ笑い方は以前と変わらない。

「きみが来たら飲むだろうと思って、用意しておいたんだよ」

店主はそう言って、客の前にコップを置く。

「レモン水でいいんだよね」

店主が確認すると、客はさっきよりも笑顔を強くする。

「はい、お願いします」




レモン水と、白い砂糖衣のかかったドーナツ。

少年は以前と変わらぬ注文をした。

食べている間に、二組の客がきた。少年は無言でもの思いにふけっている様子だった。

やがて、他の客が少年よりも先に店をでていった。

ふたたび少年と店主だけになった店内を確認するように見渡してから、少年は口をひらいた。


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回帰 (2)

「ああ、この味だ。ひさしぶりだな」

店主が淹れたコーヒーを、男はうまそうに飲んだ。その様子を見て、店主もうれしくなる。

今日はいいことがありそうだと思ってはいたが、予想以上だ。

「ドーナツも食べる?」

「いやいや、開店前にそこまでしてもらっちゃ悪い」

「平気だよ、もう仕込みはおわってるから」

目の前の友人は、いつも開店前か閉店後に姿をみせる。仕事の邪魔をしないようにとの彼なりの配慮らしい。

大柄で鷹揚そうな外見とは裏腹な繊細な心遣いを随所に見せる彼が、情報収集のスペシャリストとして名をはせているのもうなずける。

「どれが人気だい?」

メニュウ表を見ながら訪ねてくる。

「そうだな、よくでるのはこのチョコがかかったやつかな。でもぼくがきみにおすすめするのはこっち」

店主はメニュウ表を指さしながら説明していく。

「これは、何がかかってるんだい」

「少しだけ砂糖をまぶすけど、ほぼプレーンな生地だよ。きみ、甘いの苦手でしょう。これならそんなに甘くないし、コーヒーにも合う」

「じゃ、そのおすすめのやつをたのむ」

友人の言葉に、店主はにっこりと笑ってうなずいてみせた。


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「こっちにはどのくらいいられるの」

揚げたてのドーナツをほおばっている友人に、店主はそっと訊ねた。

「休暇を三日もらえたが、そのあとはまた遠隔地での任務だとさ。今度は南方だ。まったく、人使いがあらいんだ」

苦笑する友人に、店主はコーヒーのおかわりをすすめた。友人は「いや、もう十分」と答えて席を立った。

「そろそろ開店時間だろう。失礼するよ」

「もっといてくれていいのに」

ひきとめる店主に友人は「ありがとな、また来るよ」とだけ言った。テーブルに小銭を置き、戸口へ向かおうとしたが、「あ、そういえば」と何かを思い出したようすで戻ってくる。

「大事なことを言い忘れていた」

「なんだい」

「この間会ったぜ、お前さんが話してくれたアルバトロスってパイロットに。確かにいい腕してたよ」

きょとんとする店主を見てふっと髭の口元で笑った男は、「じゃあな」と手を振って店を出ていった。


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回帰 (1)

まだ客のいない店内には、店主がカップをみがくキュキュっという音だけが響いていた。

開け放った窓から、明るい光が射しこんでくる。

五日ぶりの晴天に、店主の顔がほころぶ。今日は、いいことがありそうだと思えてきた。

【コメット】という名のその店は、町外れの小さな丘の上にぽつんとある。店主手製のドーナツと、自家焙煎のコーヒーを売りにしている。

店主はまだ若いが腕は良い、との評判で、一度来た客は、たいていまた訪れる。

ドーナツが気にいるもの、コーヒーを好むもの、店の雰囲気を楽しむもの。

理由はさまざまだが、一度しか来ない客はめったになく、たいていは、ありがたいことにまた訪ねてきてくれる。その様子が、回帰する彗星のように思えた。

彗星の回帰周期が様々であるように、当然客の回帰周期もいろいろだ。足繁く訪れるものがいるかと思えば、開店当時に一度だけ来た旅人が、また再びこの地を訪れた記念にと寄っていくこともある。

たくさんの人々の、それぞれの回帰を、この店で待っていることが店主の楽しみであった。


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コーヒーの抽出器具を点検しているところへ、ふいに扉を開ける音が聞こえた。

足音が近づいてくる。

扉には【準備中】の札を掛けていたはずだ。開店時間にはまだ早い。


「よう、元気にしてたか」

小さな廊下を通って店内に姿を見せたのは、ときおりぶらりと訪れる、気心のしれた友人だった。飾り気のないあいさつに、店主の顔がほころぶ。

「見てのとおり、元気だよ。きみこそ元気にしてたのかい。ずいぶんごぶさただったじゃないか」

「ちょっと遠くの勤務地に行っていたんでな」

そう言って笑う。ひさしぶりに見るその顔は、以前よりもひげが濃くなっている。大きな体をカウンターの椅子におさめた。

「そうだったの。何か飲むかい」

「まだ準備中だろう」

「大丈夫、もうほとんど終わってたんだ」

「そんなら、コーヒーをたのむよ」

「濃いめで、あつあつ?」

「そう、いつもどおりに」

「了解」

小気味よく答えると、今さっき点検を終えたばかりの器具で、さっそく本日一杯目のコーヒーを淹れる準備にとりかかった。


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飛翔 (4)

いくつもの戦闘機が行き交う空。

その中で、アルバトロスの駆る機体だけが、不思議なほど滑らかに、何ものの抵抗もかんじさせない様子で、空に美しい軌跡を描いてゆく。

上昇、反転、下降、旋回。

美しいまでの連続動作をみせるアルバトロスは、あまりにもあっさりと、敵戦闘機を墜としてゆく。

その飛び方は、

放たれてくる機関銃の弾道を予知しているかのような、

向かってくる全ての機体の軌跡を予知しているかのような、

ひとり違う世界を飛んでいるような、

そんな風にみえるほど。



上昇、反転、下降、旋回、そしてまた上昇。


縦横無尽に飛び回るその姿は、あらゆる地上の束縛から解放された、一瞬の自由を謳歌しているようだった。


地上にもどれば、また悩むことになるのだ。

わかりきったことだ。

戦闘スイッチがきれたとたんに、アルバトロスの思考は色々なものが交錯しはじめる。


それでも、飛んでいる時だけは、柵(しがらみ)も、悩みもなにもかも忘れ、ただ美しい軌跡を描くことだけを考えていたい。

仲間とともに、帰るために。

アルバトロスは自分の中にある多面性をすでに自覚している。

飛ぶことを渇望する自分、戦いを厭う自分、仲間を想う自分、独り悩む自分。

何人もの自分がいることを。

そしてそれは、ずっと抱えていかなければならないものであることも。

人は、いくつもの側面をもった複雑怪奇なものであることを、アルバトロスは知った。


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飛翔 (3)

約束の日、アルバトロスはイーグル、バーディとともに飛び立った。

山道を利用した滑走路はふだんよりやや難があったが、幸い車輪を損傷することなく離陸できた。

別動隊として同じ場所を目指していたはずのほかの三名は、約束の期日に現れなかった。今どこでどうしているのか、アルバトロスたちには知らされていない。無事でいてほしい、と願った。

三角形の隊列を作って飛行する。先頭はイーグル、そのうしろをバーディとアルバトロスが並ぶようなかたち。

攻撃目標は敵国の戦闘機生産の主軸をになっているといわれる工場だ。

普段の任務では扱わない小型の投下弾を、三機とも四発ずつ搭載している。とはいえ、小型戦闘機に積める投下弾の威力はたかが知れている。工場を破壊するほどの火力は期待できない。

三機の任務は、あとからやってきている爆撃機が仕事をしやすいように、敵を減らしておくことだ。

工場の防衛のために備えられているであろう対空迎撃砲を破壊するために、投下弾を持ってきた。あとは、周辺から異変を察知してやってくる敵戦闘機を蹴散らすのが役目。


アルバトロスのなかで、戦うことへの迷いは消えていない。

だが今は、一緒に本国へ帰りたいと思う仲間がいる。

バーディ、イーグルとともに無事に帰り着くために最善をつくそうと思った。


------


目標の工場が見えた。
向こうが異変を察知して対空迎撃砲を撃ってくる。難なくかわして投下弾を落とす。

やがて方々から煙が上がり始めた。

遠くから、ちらちらと光るものがいくつも近づいてくる。敵戦闘機がきたのだ。

前を飛ぶイーグルが翼をふる。「戦闘開始」の合図。バーディが尾翼をふって横方向へ逸れた。アルバトロスも反対方向へ転回。

舵をきったとたんに、自然とスイッチがはいる。

戦闘用の神経が目を覚ます。

あとは、自分の感性にまかせるだけだ。


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飛翔 (2)

「どうやってここまできたの」

バーディが訊ねてくる。

「途中で偶然仲間と会ったんだ。その人に助けてもらって」

「そうだったの」

「くわしいことはあとでおちついてから話すよ。とりあえず何か飲みたいな。すごくのどが渇いた」

アルバトロスの言葉に、バーディは満面の笑顔になる。

「そう言うだろうと思って、レモン水を作っておいたよ」

「バーディが作ってくれたの」

「うん。ここにはなかったから。レシピを知らないんで勘で作ったから、口に合うかはわからないけど」

バーディは部屋の隅に置かれた冷蔵庫のほうへかけていく。そこから瓶をとると、棚からコップをだして注いだ。

手近の小机にコップをおくと、「さあ、どうぞ」とアルバトロスにすすめてくれた。

「いただきます」

心配そうなバーディの視線をうけながら、一口のんでみる。

さわやかなレモンの香りと、甘酸っぱい味が広がる。

「どう」

「うん、おいしい」

辺境の基地に勤務していた時、よく通っていた喫茶店で飲んだレモン水に似ていると思った。なつかしい味だった。

アルバトロスの反応に、バーディは「よかった」と言って笑った。アルバトロスはさらにごくごくと飲んで、おかわりをもらった。

「ねえ、レモン以外に何をいれたの?」

二杯目を飲みながらバーディに訊ねる。バーディは棚からだしてきたクッキーをほおばりながら、

「ハチミツを入れたよ」

と答えた。

「そうか、ハチミツか」

アルバトロスは、あの忘れがたい店のことをふと考えた。今回の任務が終わったら、思い切って休暇を取って訪ねてみるのもいいかもしれない。

店主からの問いには、まだ答えはでていないけれど。なぜ戦うのかという、あの問いには。


アルバトロスはゆっくりと、二杯目のレモン水を飲み終えた。


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飛翔 (1)

「ああ、無事だったんだね。よかった」

集合場所にたどりついたアルバトロスを、先に到着していたイーグルとバーディ、そして今回の作戦に参加している関係者が迎えてくれた。

滑走路として使う予定の山道からほどちかいところ、小さな山小屋の床下に作られた、広い地下室。

アルバトロスの姿を見つけたバーディは、駆け寄ってきてアルバトロスに抱きついた。

「本当によかった。心配していたんだよ」

心底安心したという様子のバーディの肩を、アルバトロスはぽんぽんとたたいた。ひげ男が自分をおちつかせるためにしてくれたように。

「心配かけてごめん」


涙ぐむバーディをなだめていると、ゆっくりとイーグルが近付いてきた。

「ヘマをしたもんだな、まさかお前が遅刻するとは思わなかったよ」

「ごめん」

毒づく言葉とは裏腹に、イーグルの表情はいつもより穏やかに思えた。

「どうなることかと思った。世話をかけさせるなよ」

そう言ってきびすをかえすと、少しはなれた場所でタバコをすいはじめた。

おちつきをとりもどしたバーディが、イーグルの様子をちらっと見てからアルバトロスに耳打ちをする。

「あんなこと言ってるけど、本当は君のことかなり心配していたんだよ」

アルバトロスがバーディの顔を見ると、バーディはやれやれという表情をうかべていた。

「列車に乗ってから、どうして君が来ないんだってずうっとイライラしててさ。夜行に乗り換えてからも、一睡もできなかったみたい」

「そうなんだ」

「冷静でクールなやつだとばっかり思ってたけど、そうでもないのかもね」


一服するイーグルのうしろすがたをながめながら、アルバトロスは少しほほえんだ。


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ファンタジーが好き、ちょっとせつない読後感を目指す管理人がマイペースに書いております。

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