■ 転籍 (4)
そのあとすぐ、バーディに偵察飛行の命令があった。バーディは「話し足りない」と言いながらあわただしく休憩室を去っていく。
アルバトロスは自分とバーディが使っていたコップを片付けて休憩室をでた。近くの階段を上って屋上へでることにする。そこからは滑走路が一望できる。
アルバトロスが屋上へでたのとほぼ同時に、バーディが離陸していった。
少しだけ尾翼を左右にふって飛ぶ姿は愛嬌がある。さきほどの多弁な彼と印象が重なった。そのあとにもう一機がつづいて離陸してゆく。
あっという間に二機は小さくなっていった。
「あいかわらず落ち着きのない飛び方をするやつだ」
アルバトロスのうしろから声が聞こえた。ふりかえると、声の主はさきほど話題にのぼっていたイーグルだった。
「ちょこまかとよく動く。地上にいるときと同じだな」
イーグルはそう言いながらアルバトロスの隣まで歩いてきた。胸ポケットから煙草の箱を取りだし、アルバトロスのほうへむける。
「いや、ぼくはすわないんだ」
アルバトロスはゆっくりと首をふる。イーグルは「そう」と小さく言って煙草に火をつけた。
イーグルのはいた煙が輪になって空へと飛んでゆくのをぼんやりながめた。砂糖衣のかかったドーナツのようだと思った。そういえば、最近食べていない。バーディがもどってきたら、近くにドーナツを売っている店があるかどうか聞いてみよう。そんなことを考えていると、イーグルが「大丈夫なのか?」と唐突に訊ねてきた。
アルバトロスは質問の意味がわからず「何が」と問いかえす。
「前にいたところはずいぶん辺鄙なところだったらしいじゃないか。戦闘任務なんかなかっただろう?ブランクがあって大丈夫なのかって意味だよ」
イーグルは横目でアルバトロスのほうを見ながら言った。近くに置かれている灰皿に吸いがらを放りこむと、すぐさま新しい煙草に火をつけた。
「あんたの噂は聞いていた。そうとうすごいってどこへ行っても言われた。名前は忘れたけど、伝説のパイロットだっていう何とかってやつに勝るとも劣らないってさ。でも実際あんたを見ると、正直そんなにすごいようには思えない」
イーグルは思ったことを率直に口にする性質らしい。表情を変えることもなくつけつけと言ってのける。
しかしながらその言葉は的を射ていた。アルバトロスは、イーグルの言っていることはもっともだと思いながら、その手元から生まれるうすむらさきの煙が空を漂うのを目で追った。先ほどとは風向きが変わってきている。
「噂が独り歩きしているんだよ。別にすごくない。その上、きみが言ったとおりブランクはある。戦闘任務なんてずいぶんやってない。大丈夫かって聞かれると、断言はできない」
アルバトロスはそう答えた。それしか今の段階ではいえない。本当に戦闘任務に耐えうるかどうか、自分でも確信はない。
「たよりないな」
「ごめん」
滑走路の脇に飛行機がでてきた。これから飛び立つのだろう。その様子をしばし無言で観察する。ほどなく、管制塔からの離陸許可がおりたらしいその機体は空へとすいこまれていった。
「まあ、虚勢をはらないってのはある意味長所ともとれるか」
イーグルはそう言うと二本目の吸いがらも灰皿へ放りこみ、階段のほうへと歩きだした。一段目を降りる直前でアルバトロスのほうをふりかえり、
「早いとこ勘をとりもどしてくれよ。噂が嘘じゃないって証明してみせてくれ」
と言い残していった。
イーグルが去ったあとの屋上で、アルバトロスは片隅のベンチに腰かけるとしばらくの間ぼんやりと空を見上げていた。
(つづきへ→)
アルバトロスは自分とバーディが使っていたコップを片付けて休憩室をでた。近くの階段を上って屋上へでることにする。そこからは滑走路が一望できる。
アルバトロスが屋上へでたのとほぼ同時に、バーディが離陸していった。
少しだけ尾翼を左右にふって飛ぶ姿は愛嬌がある。さきほどの多弁な彼と印象が重なった。そのあとにもう一機がつづいて離陸してゆく。
あっという間に二機は小さくなっていった。
「あいかわらず落ち着きのない飛び方をするやつだ」
アルバトロスのうしろから声が聞こえた。ふりかえると、声の主はさきほど話題にのぼっていたイーグルだった。
「ちょこまかとよく動く。地上にいるときと同じだな」
イーグルはそう言いながらアルバトロスの隣まで歩いてきた。胸ポケットから煙草の箱を取りだし、アルバトロスのほうへむける。
「いや、ぼくはすわないんだ」
アルバトロスはゆっくりと首をふる。イーグルは「そう」と小さく言って煙草に火をつけた。
イーグルのはいた煙が輪になって空へと飛んでゆくのをぼんやりながめた。砂糖衣のかかったドーナツのようだと思った。そういえば、最近食べていない。バーディがもどってきたら、近くにドーナツを売っている店があるかどうか聞いてみよう。そんなことを考えていると、イーグルが「大丈夫なのか?」と唐突に訊ねてきた。
アルバトロスは質問の意味がわからず「何が」と問いかえす。
「前にいたところはずいぶん辺鄙なところだったらしいじゃないか。戦闘任務なんかなかっただろう?ブランクがあって大丈夫なのかって意味だよ」
イーグルは横目でアルバトロスのほうを見ながら言った。近くに置かれている灰皿に吸いがらを放りこむと、すぐさま新しい煙草に火をつけた。
「あんたの噂は聞いていた。そうとうすごいってどこへ行っても言われた。名前は忘れたけど、伝説のパイロットだっていう何とかってやつに勝るとも劣らないってさ。でも実際あんたを見ると、正直そんなにすごいようには思えない」
イーグルは思ったことを率直に口にする性質らしい。表情を変えることもなくつけつけと言ってのける。
しかしながらその言葉は的を射ていた。アルバトロスは、イーグルの言っていることはもっともだと思いながら、その手元から生まれるうすむらさきの煙が空を漂うのを目で追った。先ほどとは風向きが変わってきている。
「噂が独り歩きしているんだよ。別にすごくない。その上、きみが言ったとおりブランクはある。戦闘任務なんてずいぶんやってない。大丈夫かって聞かれると、断言はできない」
アルバトロスはそう答えた。それしか今の段階ではいえない。本当に戦闘任務に耐えうるかどうか、自分でも確信はない。
「たよりないな」
「ごめん」
滑走路の脇に飛行機がでてきた。これから飛び立つのだろう。その様子をしばし無言で観察する。ほどなく、管制塔からの離陸許可がおりたらしいその機体は空へとすいこまれていった。
「まあ、虚勢をはらないってのはある意味長所ともとれるか」
イーグルはそう言うと二本目の吸いがらも灰皿へ放りこみ、階段のほうへと歩きだした。一段目を降りる直前でアルバトロスのほうをふりかえり、
「早いとこ勘をとりもどしてくれよ。噂が嘘じゃないって証明してみせてくれ」
と言い残していった。
イーグルが去ったあとの屋上で、アルバトロスは片隅のベンチに腰かけるとしばらくの間ぼんやりと空を見上げていた。
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