■ 転籍 (2)
「さすがだね」
コックピットを降りたアルバトロスに、同僚のバーディが声をかけてきた。
「きみは重力ってのをかんじないのかい」
バーディの問いにアルバトロスは無言のまま、ヘルメットをわきに抱えて休憩所のほうへと歩いてゆく。そのあとを追ってバーディも歩きだす。
「何だい、ずいぶん冷たいな。少しは会話をする気ないの」
バーディはアルバトロスの背中に声をかけつづける。
休憩所の手前まで進んだところで、アルバトロスはバーディのほうを見た。
「バーディ、ぼくのどがかわいてて。話はなにかのんでからでいい?」
ゆっくりと話すアルバトロスに、バーディは渋い顔をした。
「やっとしゃべったと思ったらそんなことかい。それなら最初に言えばいいのに」
「ごめん」
「まあいいさ、やっときみの声を聞けたから。さあ、何かのもう。ぼくものどがかわいたよ」
休憩所の奥の席で、ふたりはテーブルをはさんで向かい合ってこしかけた。
アルバトロスはミントいりのレモン水をのむ。からからに乾いたのどに清涼な風味がしみる。
バーディは冷えた紅茶をごくごくとのんだ。
「どう、もうこのチームには慣れた?」
紅茶をすぐにのみ干したバーディはまた話をはじめた。
彼はひまがあればひっきりなしに話をしている性質のようだ。
「どうかな、まだまだだと思う」
レモン水をのむ合間にアルバトロスが答える。
アルバトロスが辺境の基地をはなれ、前線にちかい今の小隊に異動になったのは二週間ほどまえのことだ。その後何度が偵察飛行にでていたが、チームの全容を知りえるほどの数はとうていこなせていない。敵機との遭遇もまだなかった。
同僚とのコミュニケーションもそれほどない。内気で寡黙な性質のアルバトロスは人の輪に積極的にはいっていくほうではなく、うちとけるには時間がかかる。
このチームでまともに話をしたのはバーディだけかもしれない。三日前に出向先から戻ってきたバーディは、新入りが珍しいのかさかんに話かけてくる。彼の口からこのチームの在りようを少しずつ知ることができた。
「一応前線にはあるけどさ、普段のこの基地は周辺の偵察任務がほとんどの緊迫感のうすいところだよ。でもこのところいつもとちがう動きがあるから何かあるのかもしれないね」
バーディはおかわりの紅茶をもらい、それを手にしながら話す。コップの中の氷がカラカラと音をたてている。
「きみが呼ばれたっていうんで、この基地の連中はみんな浮足立ってたよ。ああ、ぼくが出向先に行く少し前の話。きみの腕はこのあたりでも有名だからね。凄腕だって語り草になってるコンドルっていうパイロットに匹敵するって上官も言ってたことがあるくらいだし」
その言葉にアルバトロスは困り顔になる。
「それはいくらなんでも褒めすぎだよ。コンドルになんて、到底足元にも及ばないよ、ぼくは」
(つづきへ→)
コックピットを降りたアルバトロスに、同僚のバーディが声をかけてきた。
「きみは重力ってのをかんじないのかい」
バーディの問いにアルバトロスは無言のまま、ヘルメットをわきに抱えて休憩所のほうへと歩いてゆく。そのあとを追ってバーディも歩きだす。
「何だい、ずいぶん冷たいな。少しは会話をする気ないの」
バーディはアルバトロスの背中に声をかけつづける。
休憩所の手前まで進んだところで、アルバトロスはバーディのほうを見た。
「バーディ、ぼくのどがかわいてて。話はなにかのんでからでいい?」
ゆっくりと話すアルバトロスに、バーディは渋い顔をした。
「やっとしゃべったと思ったらそんなことかい。それなら最初に言えばいいのに」
「ごめん」
「まあいいさ、やっときみの声を聞けたから。さあ、何かのもう。ぼくものどがかわいたよ」
休憩所の奥の席で、ふたりはテーブルをはさんで向かい合ってこしかけた。
アルバトロスはミントいりのレモン水をのむ。からからに乾いたのどに清涼な風味がしみる。
バーディは冷えた紅茶をごくごくとのんだ。
「どう、もうこのチームには慣れた?」
紅茶をすぐにのみ干したバーディはまた話をはじめた。
彼はひまがあればひっきりなしに話をしている性質のようだ。
「どうかな、まだまだだと思う」
レモン水をのむ合間にアルバトロスが答える。
アルバトロスが辺境の基地をはなれ、前線にちかい今の小隊に異動になったのは二週間ほどまえのことだ。その後何度が偵察飛行にでていたが、チームの全容を知りえるほどの数はとうていこなせていない。敵機との遭遇もまだなかった。
同僚とのコミュニケーションもそれほどない。内気で寡黙な性質のアルバトロスは人の輪に積極的にはいっていくほうではなく、うちとけるには時間がかかる。
このチームでまともに話をしたのはバーディだけかもしれない。三日前に出向先から戻ってきたバーディは、新入りが珍しいのかさかんに話かけてくる。彼の口からこのチームの在りようを少しずつ知ることができた。
「一応前線にはあるけどさ、普段のこの基地は周辺の偵察任務がほとんどの緊迫感のうすいところだよ。でもこのところいつもとちがう動きがあるから何かあるのかもしれないね」
バーディはおかわりの紅茶をもらい、それを手にしながら話す。コップの中の氷がカラカラと音をたてている。
「きみが呼ばれたっていうんで、この基地の連中はみんな浮足立ってたよ。ああ、ぼくが出向先に行く少し前の話。きみの腕はこのあたりでも有名だからね。凄腕だって語り草になってるコンドルっていうパイロットに匹敵するって上官も言ってたことがあるくらいだし」
その言葉にアルバトロスは困り顔になる。
「それはいくらなんでも褒めすぎだよ。コンドルになんて、到底足元にも及ばないよ、ぼくは」
(つづきへ→)
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■ 転籍 (1)
空と海の間を、飛行機がひとつ飛んでゆく。
その飛び方は非常に滑らかで、あらゆる抵抗や重力などないかのようだ。
--ほら見てごらん、あれはきっとアルバトロスの飛行機だ。
彼以外にあんなふうに飛べる乗り手はいないよ。
なんて優雅に飛ぶんだろう。
うらやましいね。
まるで鳥のように、なんの苦もなく浮かぶ機体は徐々に遠ざかってゆく。
--アルバトロスは不思議な子だね。
飛んでいないときはとりたてて目立つような子じゃあないのに。
それが飛行機に乗るとまるで人が変わったようにほかとは一味違った飛び方をする。
日は傾き、空と海は色を変える。
--ねえ、アルバトロスってどういう意味
--鳥の名前だよ。かつて僕らの祖先が住んでいた星にいたそうだ。
大空をそれは優雅に飛んだんだってさ。
--へえ。鳥みたいに飛べるから、アルバトロスって呼ばれているのかしら。
--きっとそうだね。彼の本当の名は誰も知らない。
豆粒のように小さくなった飛行機が、まぶしい黄金色をした水平線の彼方にすいこまれていった。
------
アルバトロスはひとり、新しく配属されることになった基地を目指して飛んでいる。
突然の異動命令だった。安穏とした生活の中にもらたされたそれは、凪の海に降ってきた、雨の一滴のようなもの。ぽつんと着地した瞬間から、波が生まれ、じわじわとひろがってゆく。眠っていたような毎日から、徐々に目が覚めてゆく感覚。上官から急き立てられるまま、小さな荷物をまとめ、命令のあったその日のうちに飛び立ったのだった。
久しくなかった長距離飛行ではあるが、国内のみの航路はさして危険があるはずもない。それでも周囲の確認を事細かにしてしまうのは、性分というものだ。
アルバトロスは、新しい基地のことを考えた。前線の基地だと聞いた。これまで配属になっていた辺境の基地とは比較にならないくらい戦闘任務は増えるのだろう。
自分はまだ戦えるのだろうかと、不安がよぎる。
そして、あの質問を思い出す。
なぜ、戦うのか。
そう聞かれたとき即答できない自分が、日々戦闘任務に明け暮れていたことに違和感をおぼえた。
それは今もアルバトロスのなかにしこりのように残っている。
答えは、まだでていない。
迷いを抱えたまま、アルバトロスは飛んでゆく。
(つづきへ→)
その飛び方は非常に滑らかで、あらゆる抵抗や重力などないかのようだ。
--ほら見てごらん、あれはきっとアルバトロスの飛行機だ。
彼以外にあんなふうに飛べる乗り手はいないよ。
なんて優雅に飛ぶんだろう。
うらやましいね。
まるで鳥のように、なんの苦もなく浮かぶ機体は徐々に遠ざかってゆく。
--アルバトロスは不思議な子だね。
飛んでいないときはとりたてて目立つような子じゃあないのに。
それが飛行機に乗るとまるで人が変わったようにほかとは一味違った飛び方をする。
日は傾き、空と海は色を変える。
--ねえ、アルバトロスってどういう意味
--鳥の名前だよ。かつて僕らの祖先が住んでいた星にいたそうだ。
大空をそれは優雅に飛んだんだってさ。
--へえ。鳥みたいに飛べるから、アルバトロスって呼ばれているのかしら。
--きっとそうだね。彼の本当の名は誰も知らない。
豆粒のように小さくなった飛行機が、まぶしい黄金色をした水平線の彼方にすいこまれていった。
------
アルバトロスはひとり、新しく配属されることになった基地を目指して飛んでいる。
突然の異動命令だった。安穏とした生活の中にもらたされたそれは、凪の海に降ってきた、雨の一滴のようなもの。ぽつんと着地した瞬間から、波が生まれ、じわじわとひろがってゆく。眠っていたような毎日から、徐々に目が覚めてゆく感覚。上官から急き立てられるまま、小さな荷物をまとめ、命令のあったその日のうちに飛び立ったのだった。
久しくなかった長距離飛行ではあるが、国内のみの航路はさして危険があるはずもない。それでも周囲の確認を事細かにしてしまうのは、性分というものだ。
アルバトロスは、新しい基地のことを考えた。前線の基地だと聞いた。これまで配属になっていた辺境の基地とは比較にならないくらい戦闘任務は増えるのだろう。
自分はまだ戦えるのだろうかと、不安がよぎる。
そして、あの質問を思い出す。
なぜ、戦うのか。
そう聞かれたとき即答できない自分が、日々戦闘任務に明け暮れていたことに違和感をおぼえた。
それは今もアルバトロスのなかにしこりのように残っている。
答えは、まだでていない。
迷いを抱えたまま、アルバトロスは飛んでゆく。
(つづきへ→)
■ アルバトロスが飛んでゆく --もくじ--
--あらすじ--
才能に恵まれたアルバトロス。
軽やかに飛ぶさまは、人の記憶に強い印象を刻む。
そんな少年パイロットの抱える葛藤。
--なぜぼくは、たたかうのか?
last up date 2010/02/13 【完結しました】
【1章】
転籍 (1)
転籍 (2)
転籍 (3)
転籍 (4)
【2章】
僚機 (1)
僚機 (2)
僚機 (3)
僚機 (4)
僚機 (5)
僚機 (6)
【3章】
鼎談 (1)
鼎談 (2)
鼎談 (3)
鼎談 (4)
鼎談 (5)
【4章】
潜入 (1)
潜入 (2)
潜入 (3)
潜入 (4)
潜入 (5)
【5章】
邂逅 (1)
邂逅 (2)
邂逅 (3)
邂逅 (4)
【6章】
飛翔 (1)
飛翔 (2)
飛翔 (3)
飛翔 (4)
【7章】
回帰 (1)
回帰 (2)
回帰 (3)
回帰 (4)
才能に恵まれたアルバトロス。
軽やかに飛ぶさまは、人の記憶に強い印象を刻む。
そんな少年パイロットの抱える葛藤。
--なぜぼくは、たたかうのか?
last up date 2010/02/13 【完結しました】
【1章】
転籍 (1)
転籍 (2)
転籍 (3)
転籍 (4)
【2章】
僚機 (1)
僚機 (2)
僚機 (3)
僚機 (4)
僚機 (5)
僚機 (6)
【3章】
鼎談 (1)
鼎談 (2)
鼎談 (3)
鼎談 (4)
鼎談 (5)
【4章】
潜入 (1)
潜入 (2)
潜入 (3)
潜入 (4)
潜入 (5)
【5章】
邂逅 (1)
邂逅 (2)
邂逅 (3)
邂逅 (4)
【6章】
飛翔 (1)
飛翔 (2)
飛翔 (3)
飛翔 (4)
【7章】
回帰 (1)
回帰 (2)
回帰 (3)
回帰 (4)
