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ハトノユメ

自作小説ブログ

春にあそぶ (7)

「腕を上げられたようですね」

あれ以来、ユウリは時折部屋を訪ねてくるようになった。必ず茶器を運んできて給仕をしてくれる。

ユウリの淹れてくれる紅茶は格別においしい。


どこで覚えたのか、ユウリはレイナ付きの女中たちより紅茶の扱いに詳しそうなそぶりを見せることがある。最初に淹れてもらったときなどは、いつも女中たちが持ってくるのとは違う茶葉を使ったのかと思ったほどに水色も香りも異なっていた。あとから聞いたらいつもと同じ茶葉だったという。それなのにユウリが淹れてくれるときだけ、紅茶の表面に金の輪ができているのは錯覚だろうか。

もしかしたらユウリだけの何か特別な秘法があるのかもしれない。

今日もいつもどおりの手際のよさで茶を用意している。


レイナは、新しい図案に取り組んでいた。

もうすぐ完成する。

大判の白いハンカチーフの周囲に施した刺繍。

数種類の緑色の糸を組み合わせて、丸い模様を連ねるように描き出してある。


「それは、どういった意匠なのですか」

紅茶を運んできたユウリが不思議そうに尋ねてきた。

「何に見える?」

「さて、葡萄かなにかでしょうか」

「不正解」

紅茶を口に運びながら、レイナはからかうような口調で言った。


「これは、みどりの首飾りなんだ」

「首飾り?」

「そう、ガラス細工のような、きれいなみどりの首飾り」

そう言うと、レイナはそのハンカチーフを広げて、ユウリの肩のあたりにあてがってみた。

「昔ね、こういうのをしている子を見たんだ。とってもきれいだった」

「どこでご覧になったのですか?」

「秘密」

レイナはいたずらを楽しむ子供のように笑った。

「さて、次は剣の模様でも刺繍して兄上に差し上げようかな」

「レイナさま、それはあまりに……」

「冗談だよ。そんな面倒なことはしない。刺繍はやっぱり苦手だからね、そんな抗議方法は時間がかかりすぎる。でも」

「でも?」

「兄上とは近いうちにきちんと話をするよ。兄上のお考えはごもっともだが、わたしにもわたしなりの考えがあるから。それを伝えておかなければ」

レイナはカップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。

「おいしかった、ありがとう」

ユウリは黙ったまま、茶器の片づけを始める。


茶器が触れ合ってカチャ、カチャと音をたてているのを聞きながら、レイナは窓の外の景色をながめた。


季節は初夏へとうつろいつつある。

木々の葉が生い茂り、みどりが濃くなってゆく。


「ユウリ、もしわたしがこの家をでて別のところへ行くと言ったら、きみはどうする?」

音がやむ。片付けの手を止めたようだ。

少しの沈黙。

レイナは外を見たまま返事を待った。


「ぼくは、レイナさまが行かれるところでしたらどこへでもお供いたします」

ユウリは、大きくはないが、はっきりとした声でそう答えた。

それは、レイナ一番望んでいた答えだった。


「……ありがとう、ユウリ」

ユウリは窓辺に歩み寄ると、外の一点を指し示した。

「チョウが飛んでいますよ」

「ああ、ほんとだ」

遠くに、白と黒、二匹のチョウが飛んでいるのが見えた。

二重螺旋を描くように、ひらひら、ひらひら。


二人はしばらく黙ったまま、その光景を目に焼き付けていた。


(第二章へすすむ→)

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春にあそぶ (6)

「お元気になられたようで、ほっとしました」

レイナが紅茶も菓子もおおかた平らげたころ、黙って給仕をしていたユウリが口を開いた。

傍らに立つユウリの顔を見上げる。

「やっぱり、たまたま運んできたわけじゃなかったんだね」

「気づいておられましたか」

「このごろめったに顔を見せないくせに、急に来たら誰だって変に思うさ」

「それもそうですね」

ユウリはわずかに苦笑したような表情を見せた。

ユウリはあまり感情が表に出ない。表情の変化がごく小さいために、まわりの者にはわかりづらいようだ。もっとも、長い時間を共有してきたレイナには、わずかな変化でも十分に感じ取ることができるのでさほど気にはならないが。


「ねえ、そこ座ったら。少し話をするくらいの時間はあるでしょ」

レイナは椅子を指し示した。

「いえ、このままで」

「立ったままでいられると話しづらいんだ。目線は同じ高さのほうがいい。座って」

ユウリは少しばかり躊躇したが、レイナが譲らないのを見てとったのか、

「では、失礼して」

といっておとなしく椅子に座った。

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「さきほど給仕場の前を通りかかりましたら、レイナさま付の女中がたから声をかけられました。最近お嬢様の元気がまるでない。お茶の時間も楽しくなさそうで、何をたずねても、自分たちには一向にお話にならない。どうしたものか困っている。それでぼくに、ちょっと様子を見てきてはくれないか、ということでしたので」

ユウリの視線は、卓の上に放り出されていた刺しかけの布地を見つめていた。

レイナはそれをつかむと、とっさに卓の下に隠した。

刺しかけの図案をみられるのは気がひけた。


「刺繍は、つまらないですか」

ユウリが静かに問うてきた。

「あまりはかどっていないようですね」

「……向いてないんだよ」

「レイナさまは活発に動き回るのがお好きでしたからね」

「……今もさ。剣の修行だったら喜んでするんだけどね」

「だんな様から止められているでしょう」

「そう、愛用の剣まで取り上げられたよ。もうこれからは必要ないってさ。ずっとがんばってきて、士官学校まででたのにな。だんだん体がなまっていくのが嫌だよ」

「これからは、貴婦人としてのたしなみも身につけなくては、というのがだんな様のお考えなのでしょう」

「……わかってる、兄上が心配して色々仕込もうとしてくれているのもわかってるさ。でも、生まれ持った性分というものがある。貴婦人らしくと言われても、どうもしっくりこなくてさ。父上は私のそういう性分をわかっていたから剣を教えてくれたんじゃないかと思うんだ。できれば続けたいんだけど、兄上は許してくれないだろうね」



庭を駆けまわる自分。

それを見守るきみ。


ユウリと共に過ごしたかけがえのない時間。

ずっと続けばよいのにと思ったあの日々。

いずれは終わりがくることはわかっていたけれど。


「ねえ、ユウリ。ときどきは顔を見せに来てくれないかな。きみも仕事と勉強で大変だろうけど、ぜんぜん来ないなんてずいぶん薄情じゃないか」

そう言われて、ユウリはわずかに表情を曇らせる。

申し訳ない、という意思表示のようである。

「レイナさまはだんな様の言いつけでたくさんのことに取り組んでいらっしゃるでしょう。お邪魔かと思って遠慮していたんです」

「よく言うよ。どうせ兄上があまりわたしと話をするなと言ったんだろう?わたしにあまり外の話を聞かせるなってさ」

「そのようなことは……」

「まあいいさ。毎日部屋に閉じこもって同じことばかりしていると気が滅入るんだ。剣の相手をしろなんて言わないからさ、たまには前みたいに話を聞いてよ。」

「ぼくなどで良いのでしたら」

「愚痴を言える相手なんて、ほかに思い浮かばない」

「それは光栄なことで」


あの春の庭。

きれいな、きみの後姿。

みどりの首飾りをしていたきみの、穏やかな顔。


いつまでも見ていたい。

見ていることができたなら……

(つづきへ→)

春にあそぶ (5)

「失礼いたします」

ユウリはそう言うと、手押車(カート)とともにゆっくりと部屋に入ってきた。

手押車の上には茶器がしつらえられている。


「ああ、もうそんな時間か。でもどうしたの、ユウリが持ってくるなんて」

刺繍の手習いの合間に茶を飲んで休憩するのは毎日のことだ。が、いつもはレイナ付の女中数人が交代で運んでくる。

「みなさんほかの仕事で手がふさがっているそうで。給仕場の前を通りかかったら、代わりに運んでくれと頼まれました」

ユウリは静かな声で淡々と話す。

久しぶりにまともに聞いたその声は、以前と変わらず穏やかで、レイナの気分を不思議と落ち着かせてくれる。

「たまにはいいでしょう、予想外の運び手が来るのも」

「まあ、そうだね」


ユウリが手際よく紅茶を注いでいくのを、レイナはじっと観察でもするように見ていた。

良い香りが部屋の中に広がる。

ユウリはレイナの視線には気づかない様子で、てきぱきと作業を進めていく。


ほどなく、紅茶と菓子がレイナの前に運ばれてきた。

白磁のカップに注がれた紅茶は、深い橙のような美しい水色をしている。光の具合で表面に金の輪ができる。いつもと違う茶葉なのだろうか。

きらきらと光る輪はとても印象的で美しい。

添えられている焼き菓子にはこんがりとした焼き目がついていて、上にはたっぷりと果実のジャムがのせてある。

レイナの好物だ。

「おいしそうだね」

レイナの顔がほころぶ。

それを見たユウリもわずかに口元でほほえんだ。


紅茶も菓子も、久々においしいと思った。

毎日運んでもらっているが、最近はおいしいのかどうかわからなくなっていた。

気持ちの問題だろう。

沈んだ気分で口にしても、おいしさをかんじとれなかったということなのだ。

ユウリが運んでくれたというだけで、こんなにおいしいと思うとは。

自分もずいぶんとげんきんなものだと、レイナは心の中で苦笑した。


(つづきへ→)

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ファンタジーが好き、ちょっとせつない読後感を目指す管理人がマイペースに書いております。

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