■ そしてまた、春
森の中のひらけた一帯に、沢山の石が並んでいる。
さきの騒乱で喪われた人々を弔うために建てられた様々な石。
傍らには、種々の花が供えられている。
まだ到底、傷は癒えない。
奥まったところに、少し大きな石がある。
その周りには、ひときわ沢山の花が供えられている。
国を救い、【英雄】と呼ばれるようになった人が眠る場所。
そこに、人影がひとつ。
墓石の前に跪き、一心に祈りを捧げていた。
「レイナさま」
ユウリはそっと、石に触れた。
冷たいはずの石が、不思議と暖かく感じられた。
きっと魂がいるのだ、ここに。
「あなたは僕に、どんなお話をされるおつもりだったんです?」
石に問いかける。答えは返ってこないことはわかっているが、そうせずにはいられない。
「ぼくも、あなたにお話したいことがありました。ずっと言えなかったことがありました……いずれ、ぼくがあなたのところへ行くことができたらお話します」
石に触れたユウリの手はかすかに震えた。
「どうか、どうかやすらかに」
旅装のユウリが森を離れていくのを、丘の上にいる男がじっと見つめていた。
背の高く身なりの良いその男は、ユウリの姿が見えなくなるまで、身じろぎもせず凝視していた。
傍らにひかえる初老の連れが、気遣うような視線を向ける。
「行ってしまいましたね」
「うむ」
「よろしいのですか?」
「今回の責を負って職を辞すというのだ。私には止められなかったよ」
「さびしくなりますな、だんな様」
「……そうだな」
アレイス家現当主であり、亡きレイナの兄、ワレリィ・アレイスと初老の侍従は、その足でユウリが今しがた立ち去った墓地へと向かった。
------
墓には、首飾りが一つ供えられていた。
みどりの石をいくつも連ねてある。
「これは、ユウリが供えていったのでしょうか」
「おそらく」
「お嬢さまはこういう品がお好みでしたか」
「さあ、レイナは装飾品にはあまり興味がなさそうだったが……だが私たちは知らなくとも、ユウリはレイナの好みを知っていたかもしれんな」
ワレリィは祈りを捧げると、墓石に問いかけた。
「レイナ、お前は気づいていたのか」
みどりの石が、きらりと光った。
「ユウリはどことなく似ているな、父上に。目元が、特に似ている気がした」
「だんな様、それは……」
「もちろん憶測にすぎない。父上も、ユウリも、何も言わずじまいだからな」
ワレリィは墓石に手を触れた。
「レイナ、お前にとっては、取るに足らないことだったのかも知れんな」
ちかくを二羽の蝶が飛んでいる。
白い蝶と、黒い蝶。
まるで戯れるようにらせんを描いて。
くるくる、くるくる。
はたはた、はたはた。
この地にも、遅い春が来たらしい。
《完》
さきの騒乱で喪われた人々を弔うために建てられた様々な石。
傍らには、種々の花が供えられている。
まだ到底、傷は癒えない。
奥まったところに、少し大きな石がある。
その周りには、ひときわ沢山の花が供えられている。
国を救い、【英雄】と呼ばれるようになった人が眠る場所。
そこに、人影がひとつ。
墓石の前に跪き、一心に祈りを捧げていた。
「レイナさま」
ユウリはそっと、石に触れた。
冷たいはずの石が、不思議と暖かく感じられた。
きっと魂がいるのだ、ここに。
「あなたは僕に、どんなお話をされるおつもりだったんです?」
石に問いかける。答えは返ってこないことはわかっているが、そうせずにはいられない。
「ぼくも、あなたにお話したいことがありました。ずっと言えなかったことがありました……いずれ、ぼくがあなたのところへ行くことができたらお話します」
石に触れたユウリの手はかすかに震えた。
「どうか、どうかやすらかに」
旅装のユウリが森を離れていくのを、丘の上にいる男がじっと見つめていた。
背の高く身なりの良いその男は、ユウリの姿が見えなくなるまで、身じろぎもせず凝視していた。
傍らにひかえる初老の連れが、気遣うような視線を向ける。
「行ってしまいましたね」
「うむ」
「よろしいのですか?」
「今回の責を負って職を辞すというのだ。私には止められなかったよ」
「さびしくなりますな、だんな様」
「……そうだな」
アレイス家現当主であり、亡きレイナの兄、ワレリィ・アレイスと初老の侍従は、その足でユウリが今しがた立ち去った墓地へと向かった。
------
墓には、首飾りが一つ供えられていた。
みどりの石をいくつも連ねてある。
「これは、ユウリが供えていったのでしょうか」
「おそらく」
「お嬢さまはこういう品がお好みでしたか」
「さあ、レイナは装飾品にはあまり興味がなさそうだったが……だが私たちは知らなくとも、ユウリはレイナの好みを知っていたかもしれんな」
ワレリィは祈りを捧げると、墓石に問いかけた。
「レイナ、お前は気づいていたのか」
みどりの石が、きらりと光った。
「ユウリはどことなく似ているな、父上に。目元が、特に似ている気がした」
「だんな様、それは……」
「もちろん憶測にすぎない。父上も、ユウリも、何も言わずじまいだからな」
ワレリィは墓石に手を触れた。
「レイナ、お前にとっては、取るに足らないことだったのかも知れんな」
ちかくを二羽の蝶が飛んでいる。
白い蝶と、黒い蝶。
まるで戯れるようにらせんを描いて。
くるくる、くるくる。
はたはた、はたはた。
この地にも、遅い春が来たらしい。
《完》
スポンサーサイト