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ハトノユメ

自作小説ブログ

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秋にめざめる (1)

ひやりと頬をなでる風。揺れる紅葉した樹木。

ラスファイドはもうすっかり秋の気配を漂わせている。


レイナは鬱蒼と茂る木々を見上げてため息をついた。

薄暗い森の中を、一体どのくらい歩いただろうか。

もはや時間の感覚も、空間の感覚も狂いつつある。

自分が今どこにいるのかが、よくわからない。

周りを見ても同じ木々がずっと続いているだけのように思えてくる。

「少し休もう」

傍らのユウリを促し、レイナは近くの倒木に腰掛けた。

「まいったな……」


人を惑わす魔性の森。

今レイナとユウリがいる森を、ラスファイドの人々はそう呼んでいる。

この森では磁石が役にたたない。

高々と生い茂る樹木は日の光を遮り、時間の把握も容易ではないため、通常は人の寄り付くところではない。

森はラスファイドと隣国アルカダイア帝国を隔てる山すそにあり、この森をぬけたところから山に入ると、帝国へと向かう秘密の通路がある。そこを通れば天をも貫くと称される国境の山々のなかでも比較的楽に進めるところにたどりつく。諜報活動を行う際に使われるものだ。


ラスファイドに生きる人々は、長い時間と、決して少なくはない犠牲を払ってこの森を抜ける小道を三本開拓した。門外不出のその通行路は、一見それとはわからない目印によって行き先を示し、獣道でさえないような下草の繁るところをかきわけて進むような代物である。

その道を外れれば、無事に森を抜けられる保証はない。

レイナとユウリは、その保証のない状況に置かれている。

かなり長い時間歩き回ったはずだが、出口は一向に見えてこない。

この森の魔性にとりつかれてしまったようである。


(つづきへ→)

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秋にめざめる (2)

夏の盛り、志願書が受理され、レイナは付いてくると言ってくれたユウリと共にラスファイドの王国軍に入隊した。


ほどなくして二人が配属になったのは情報管理局という部署であった。

そこは集まってくる情報の管理、そして的確な情報の配信を一手に担っている部署。もちろん情報収集も主要な業務のひとつである。

二人はその中の一小隊に配置となり任務を行うことになった。


同僚たちの間でラスファイドの劣勢がささやかれ始めたのは、レイナたちが情報管理局での任務にやっと慣れてきた頃、夏の名残があった頃である。


帝国軍の一団が山越えに成功し国境を越えたとの情報が入った。

そのときは山中に駐屯していた師団によって事なきを得、帝国軍は一旦は退いていった。が、またいつ攻めてきてもおかしくはない。

五十年前の戦役のときよりも、帝国軍の山中行軍速度は飛躍的に増していた。次はもっと大きな編隊を組んでくる可能性もある。

まともにぶつかりあえば、ラスファイドに勝機はない。軍の規模も火力も、歴然とした差がある。

辺境の小国であるラスファイドが帝国軍と渡り合うためには、地の利を最大限に生かすほかに手立てはないだろう。いとも簡単に大軍に山を越えられてしまうようなことがあれば、打つ手は限りなく少ない。


首都の気配は、まだ安穏としたものであった。

国境からはかなりの地理的隔たりがある。帝国軍の動きは、まだ一般市民には知らされていない。


(つづきへ→)

秋にめざめる (3)

初秋の空に、鳥が舞う。

鳥は幾度か旋回し、自分の目指すべき場所を確かめると、やがて急降下した。所定の帰還口から迷いなく入ってきた鳥に、レイナはえさをやった。

脚にくくりつけられていた小枝のような筒を外し、中に入っていた紙片を広げる。手にしていた霧吹きで、紙の表面に特殊な試薬を吹き付けると文字が浮かぶ。

首都におかれた軍部情報局の一室で、レイナはため息をついた。国境付近で任務を行っている同僚から送られてきた情報は、芳しくなかった。


「どうだった」

レイナが鳥を所定の巣箱に戻して部屋をでたところで、不意に声がかかった。身なりの良い男が立っている。

「芳しくないようです」

それだけを言うと、レイナは手にしていた紙片を差し出した。

「そうか……。レイナ、ユウリはどこだ?」

「事務室にいると思います」

「では、ユウリを呼んで二人で来るように。十五分後」

男はレイナが差し出した紙片を受け取って歩き出した。

「局長」

男がふり返る。

「何だ」

「あの、どちらへ伺えばよろしいのでしょうか」

「ああ、すまない。三階の作戦室に」

「了解しました」

レイナは足早に遠ざかる上司の後姿を見送った。


(つづきへ→)

秋にめざめる (4)

レイナの予想通り、ユウリは事務室にいた。

今朝ほどは机の上に大量の書類や書籍が積み上げられていたが、今はほとんど姿を消し、すっきりと片付けられている。ユウリが整理したのだろう。こういった仕事の速さはレイナも驚くばかりである。アレイス家で奉公していた時分にも似たような仕事を任されることが多かった。

ユウリの有能さはレイナが一番よくわかっているつもりである。官吏になれば相当な能力を発揮するのではないかとひそかに思っていた。自分の侍従をさせておくのはもったいない人物であることは百も承知だが、それでもずっと仕えてもらいたいと願ってしまうのは、自分がさびしがり屋だからであろうか、とレイナはふと思う。だが口にはしない。

「すごいな、ずいぶんすっきりしたじゃない」

声をかけると、こちらに背を向けて壁際の書棚に本を収納していたユウリがゆっくりとふりかえった。

「このところの忙しさで皆さん手が回らないようでしたので、差し出がましいかとは思いましたが勝手に整理させていただきました」

「みんな誰かがやってくれればいいなと心ひそかに思ってたはずだよ。すごく助かると思う」

「それならよいのですが」

ユウリは少しだけ目を細めると、またレイナに背を向けて本の収納を始めた。

あと五冊。

ユウリが作業を終えるのを、レイナは静かに待った。

束の間、ユウリの後姿を見つめる。最初に会ったときから変わらない、清楚な印象の後姿。もちろん背丈は思い出のなかよりもずっと大きい。

最初に会ったときはとても小柄で、レイナよりも小さかったが、今は頭半分くらい追い越されている。

来年成人となる男子としては、ごく平均的な身長だろう。隊服がよく似合っている。

「実は、局長がお呼びなんだ」

作業を終えたユウリの背中に話しかける。

ユウリは不思議そうな顔をしてふりかえった。

「僕も、ですか?」

「うん。きみと私と。三階の作戦室に来てくれとのことだ」

「いつ伺えば?」

「ええっと、さっき十五分後にと言われたから、あと五分後には作戦室に着いていないといけないな」

「急ぎの用事なら早くおっしゃってくださればよろしいのに」

「ごめんごめん」

レイナは軽い調子で言った。

ユウリはその様子を奇妙に思ったらしく、本棚のほうをさし示して、

「気を遣わせてしまったようですね」

と申し訳なさそうな顔をした。

「作業が終わるまで待ってくださったんですね」

「別にそういうわけじゃないよ」

とぼけるレイナをユウリはかすかに笑顔をつくってながめた。

「参りましょう」

「そうだね。局長にしかられないように」


(つづきへ→)

秋にめざめる (5)

その後向かった作戦室で、局長から直々に森の探索任務が命じられた。

森の抜け道の調査と、一旦退いたはずの帝国軍の動向を調査せよとの内容だった。

隊長と四人の隊員という編成で森へ入り、国境の山へと抜ける道を進んだ。

森を抜け、しばらく山中で帝国軍の動向を調査した。

まだそれほど軍勢が迫っていないことを確認し、また森を通ってラスファイドの首都へと帰還し、得た情報を報告することになっていた。

その途中、どこかでレイナとユウリは不覚にも道を外れてしまい、ほかの三人を見失ってしまった。

どこで見失ったのか、目の前を歩いていたはずの三人をなぜ見失ったのかどうもはっきりと思い出せない。

これが人を惑わすという森の力なのか、とレイナは考えた。

抜け道を示す目印を探してかなり歩き回ったが、収穫はなかった。


レイナは傍らのユウリを見た。

さきほどまで瞳を真っ青にしていたが、今は落ち着いた色に戻っている。

「どうだい、やはりアニミノードもこの森では使えないのか」

「……時折気配がつかめることもあるのですが、長続きしません。方向を特定するまでには至らない状態です」

「そうか」

「申し訳ありません」

「きみがあやまるようなことじゃないよ。予想はしていたじゃないか。アニミノードが有効なら、こんなに遭難者が多いはずはない。この森にはアニミノードを遮断する何かがあるんだ」


アニミノード---万物の気配を感じ取り、それを増幅したり減弱したりすることで多彩な能力を発揮する超常の力。

アニミノードをある程度使えれば方向探知は容易である。

レイナはアニミノードに関してはからきしである。が、ユウリはかなり優秀な能力者であるから、通常であれば方向を見失い遭難することなどあり得ない。

「小刻みに探知を続けていけばいずれは抜け出せるかもしれません」

「そんなことをしたらきみの身が持たないんじゃないか。相当な集中力を必要とするだろう」

「大丈夫です」

そうは言うものの、ユウリは明らかに顔色がすぐれない。

平素から血色は良いほうではないが、今はかなり青ざめて見える。

「とにかく、もう少し休もう。向こうに少し地面が抉れてる場所がある。あそこなら風が避けられるから、移動して体を休めよう」

レイナは立ち上がってユウリを促す。

しかしユウリは同意しかねるという表情をした。

「そのような悠長なことをおっしゃって……」

そんなユウリを横目に、レイナは肩をすくめた。

「この状況では、もはや焦っても仕方ない気がするよ。幸い四、五日なら凌げるだけの食料は持っているじゃないか。ちゃんと休んで、それからまた方策を考えよう」

「しかし」

「ユウリ、きみの顔、鏡で見せてやりたいよ。そんな青白い顔で……無理をして倒れても、私はきみを背負って森を抜ける自信はないからな」

そう言って、レイナは躊躇するユウリに少し笑ってみせた。

ユウリはそんなレイナをまじまじと見た。

「なんだい、じろじろ見て」

「いえ……レイナさまがぼくが考えていた以上に肝の据わったかただと思いまして。度胸は人一倍とは知っておりましたけれど」

「肝が据わっているのかはよくわからないけど、わたしはきみが一緒にいてくれるから、別に怖くはないなと思うよ。きみと一緒なら、何とかなる気がするから」

レイナがそう言うのを聞いたユウリは、気恥ずかしそうに視線を外した。

ほんの少しだけ、頬が赤くなっているようにレイナには見えた。本当にほんの少し。


レイナは、ユウリがそんな表情を見せてくれたことをうれしく思った。だがこちらも表面にはださなかった。


レイナは地面が窪み、風よけの壁ができている場所へと先にたって歩き始めた。


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