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ハトノユメ

自作小説ブログ

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春にあそぶ (1)

春の庭を、二匹のチョウが飛んでいる。

白いチョウと、黒いチョウ。

まるで戯れるようにらせんを描いて。

くるくる、くるくる。

はたはた、はたはた。


どこまでも、終わりのないような。

------

広大な庭は生命にあふれている。

瑞々しい緑と咲きそろう花々の、鮮やかな色彩と甘い香りに充たされて、蜜蜂や蝶がしきりと集まってくる。そんな景色のあいだを、かすかな風が吹いては消える。見上げると、空はうすい雲の面紗(ヴェール)をまとって、やや落ちついた青みをしている。

うつくしい、ラスファイドの春の景色。

それを凝縮したかのような、アレイス家の庭。

レイナはよく手入れされた草木の姿を窓辺からぼんやり眺めていた。

今のレイナにとっては、窓から見えるこの庭の景色が、外の気配を感じることのできる数少ないものであった。

屋敷の一室で、四角く切り取られた空と緑を眺めてばかりいた。

近頃はいつもこんな調子で、昼下がりの日課として課せられた刺繍の手習いは一向にはかどっていない。レイナの兄は貴婦人の嗜みだと言って熱心に勧めるが、レイナにはこのじっと椅子に座って行う細かい作業は性分に合わない。与えられた立派な裁縫道具は、宝の持ち腐れという言葉があまりに的確でやるせない。

レイナは元々活動的な性質だから、部屋に閉じこもっているよりも、屋外で体を動かすことを好む。だがその気質は落ち着きのなさとして兄の眼には欠点として写っているらしい。令嬢としてふさわしい振る舞いを身につけよ、と事あるごとに諭される。レイナは兄のその言動が自分の将来を心配してくれてのものであることはわかっている。だから多少の不満はあるものの、一応兄の期待に沿うように屋敷でおとなしくしているが、時折、裸足で飛び出して外を思いきり走りまわりたい衝動にかられるのも否定できない。

特に、ラスファイドと隣国との情勢に関する良くない噂を耳にしたときなどは、自分もラスファイドのために何かしなければ、と強い焦燥感に襲われて、とてもじっとしていられなくなる。良家の令嬢として静かな暮らしを送っていくには、レイナはあまりにも政治向きの情報に興味を持ちすぎている。今年のドレスの流行がどんなデザインなのかよりも、そのドレスを作るために隣国から輸入されてくる布地の価格が情勢不安により高騰しているという話題のほうに思考が向いてしまう。

そんなレイナを良く思ってはいないであろう兄は、レイナを世話する女中たちに、外の情報をなるべくレイナの耳には入れないようにと言い置いているらしい。新しい情報は入ってこなくなり、毎日刺繍やらなにやら同じことを繰り返す窮屈な暮らしが続いている。

そして何よりつらいのは、以前はいつも傍らにいて、共に遊び、共に学び、色々な話を聞いてくれた腹心の近習が、このところめっきり姿を見せていないことである。
これもきっと兄の差し金だろう。その者の口から外の情報がレイナに入ることを厭い、意図的に遠ざけているに違いない。

傍らの卓に放ってある布地には、二人の子供と、そのまわりを囲む花の刺繍が刺しかけのまま放置してある。楽しい記憶を題材にすればすこしは身が入るかもしれないと選んだ意匠だったが、どうやら逆効果だった。刺していると昔の楽しかったことを思い出してしまい、身が入らない。

刺繍を投げ出したあとは、物思いにふけってばかりいる。


庭で遊ぶ、わたしと、あの子。

周りには沢山の花が咲いていて。


私が笑うと、

あの子もかすかにほほえむ。

それはとてもきれいで、はかなくて。

ずっと見ていたかった。


またあの子と遊びたい。庭で、一緒に。


(つづきへ→)

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春にあそぶ (2)

あれは子供のころの、穏やかな春の庭でのこと。

おちつきなく走りまわっていたレイナは、少し離れたところに見知らぬ少年がいるのに気づいた。

ほっそりとした姿で、清楚な服装。

色とりどりの花が咲き乱れるなかを、少年の後姿はゆったりと動いていた。

  我が家の庭には近在では珍しい草木がいくつもあるのだよ。

レイナは以前兄からそんなことを聞いていたから、少年はきっとそれを見に来たのだろうと何となく思った。他家の庭を見たことのないレイナにははたしてどれが珍しい草木なのかはよくわからなかったが、少年は熱心に庭の植物を眺めている様子で、きっと珍しいものが植えてあるのだろうと思わせた。

------

あとから考えてみれば、レイナの家はラスファイド王国の武門の名家で、都でも相当豪勢な邸宅を構えている大貴族であるから、屋敷の警備は厳重、人の出入りは常に監視されているような状態で、見知らぬ子供が気軽に庭を見に来るようなことはないということはすぐに思い至る。

しかしながらその時のレイナは、少年の自然に庭と調和し草木を眺める様子に何の不審も抱くことはなく、ただ美しい絵画を見るような心持で遠くから見ていたのであった。


しばらくその夢の中のような光景を眺めていると、ふいに少年がこちらをふりかえった。

ほんの一瞬、レイナと、少年の目が合う。

少年は庭に自分以外の人がいたことに少しばかり驚いた様子で、きょろきょろと周囲を見回したかと思うと、すぐうつむき加減になり、傍らの木の陰に姿を隠そうとした。背中越しに視線だけでそっとこちらを伺うようにしている少年の首筋に、淡いみどりの影がいくつも連なるようにおちてゆらめく。

  あの子、まるでガラス細工の首飾りをしているみたいだ。

ゆれ動くみどりの影の幻想的な佇まいに、レイナはしばらくの間見入っていた。

------

それからほどなくして、レイナの父が庭に姿をみせ、少年をレイナの前に連れてきた。

  レイナ、この子はユウリというんだ。今日からこの家で暮らすことになった。仲良くするのだよ。

そう紹介された少年は、うつむきがちだった顔を上げると、ほんのすこしだけほほえんだ。


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春にあそぶ (3)

こののち、レイナの記憶に残る場面にはきまってユウリの存在があった。

ユウリが自分の遊び相手兼侍従として近在から引き取られてきたあの春の日から、その後の多くの時間を共有してきた。いわばもう一人の自分。かけがえのない半身。


しかしながらその半身と共に過ごす時間は、一年ほど前から激減した。

そのことがレイナの憂鬱を深めている。

心に穴が空いているような、空虚な気分のときが増えた。

------

レイナの父は、アレイス家は武門の家であるから女子でも剣の素養はあったほうが良いという考えの人物だったから、レイナも兄と同じように幼少のころから剣の扱い方を厳しく仕込まれた。体を動かすことが好きだったので、剣の修練は苦にしなかった。次第に兄と良い勝負ができるくらいに上達し、それを喜んだ父は、士官学校で学びたいというレイナの申し出を受け入れ、入学を許可してくれた。女子は数えるほどしか在籍していなかったが、レイナは仕官候補となるべく方々から集まった男子学生たちに混じって熱心に学んだ。

そうした時間のほとんどは、ユウリと共有してきたもの。

剣の修練はずっといっしょに行ってきた。よき練習相手であり好敵手。

士官学校にもレイナの身辺警護を兼ねて共に入学した。ユウリはレイナの傍らで同じ講義を受け、そろって優秀な成績を残した。

卒業後は二人で士官を目指したいとレイナはひそかに考えていた。

父なら好きにしろとゆるしてくれるかもしれないと思った。

だがその思いを打ち明けぬうちに、父は急逝した。

去年学校を修了したレイナは、父の死後アレイス家の当主となった兄の方針で、それまでなおざりにしていた貴婦人修行を課せられ、。行儀作法に手習いなど、屋敷に指導者を招いてたたきこまれる日々を送ることになった。

以前は頻繁にしていた外出もゆるされず、【大貴族の令嬢】としての窮屈な生活を強いられている。


(つづきへ→)



春にあそぶ (4)

一方、ユウリは屋敷で過ごすことの多くなったレイナの身辺警護任務を解かれ、代わりに屋敷うちのこまごまとした雑務を任されるようになっていた。

アレイス家の古参の執事とともに、来客への応対、出入りの商人との交渉、もろもろの事務処理などをこなしているようだ。

さらにはレイナの随伴でともに学校に通っていた時分にその才覚を認められ、卒業後は夜間大学へ進学した。今も仕事の合間に熱心に通っている様子である。仕事と学業に追われているらしいユウリは、レイナのところへはめったに顔を見せなくなった。

  ユウリには、いずれアレイス家でわたしの片腕として力を発揮してもらいたいと思っている。

いつだったか兄がそんなことを言っていたのを思い出す。


自分はそのうち他家に嫁がされてしまうのだろう。

路は分かれてしまったのか。

自分と、あの子の路は。


レイナは長いため息をついた。

そのとき、扉をコンコンとたたく音がきこえた。

「……どうぞ」

物憂げな気分で返事をした。

ぎいっとゆっくり扉が開かれる。


そこに立っていたのは、ほかでもないユウリだった。

久しぶりに見るその姿は、思い出の中と変わらずきれいだと、レイナは思った。


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春にあそぶ (5)

「失礼いたします」

ユウリはそう言うと、手押車(カート)とともにゆっくりと部屋に入ってきた。

手押車の上には茶器がしつらえられている。


「ああ、もうそんな時間か。でもどうしたの、ユウリが持ってくるなんて」

刺繍の手習いの合間に茶を飲んで休憩するのは毎日のことだ。が、いつもはレイナ付の女中数人が交代で運んでくる。

「みなさんほかの仕事で手がふさがっているそうで。給仕場の前を通りかかったら、代わりに運んでくれと頼まれました」

ユウリは静かな声で淡々と話す。

久しぶりにまともに聞いたその声は、以前と変わらず穏やかで、レイナの気分を不思議と落ち着かせてくれる。

「たまにはいいでしょう、予想外の運び手が来るのも」

「まあ、そうだね」


ユウリが手際よく紅茶を注いでいくのを、レイナはじっと観察でもするように見ていた。

良い香りが部屋の中に広がる。

ユウリはレイナの視線には気づかない様子で、てきぱきと作業を進めていく。


ほどなく、紅茶と菓子がレイナの前に運ばれてきた。

白磁のカップに注がれた紅茶は、深い橙のような美しい水色をしている。光の具合で表面に金の輪ができる。いつもと違う茶葉なのだろうか。

きらきらと光る輪はとても印象的で美しい。

添えられている焼き菓子にはこんがりとした焼き目がついていて、上にはたっぷりと果実のジャムがのせてある。

レイナの好物だ。

「おいしそうだね」

レイナの顔がほころぶ。

それを見たユウリもわずかに口元でほほえんだ。


紅茶も菓子も、久々においしいと思った。

毎日運んでもらっているが、最近はおいしいのかどうかわからなくなっていた。

気持ちの問題だろう。

沈んだ気分で口にしても、おいしさをかんじとれなかったということなのだ。

ユウリが運んでくれたというだけで、こんなにおいしいと思うとは。

自分もずいぶんとげんきんなものだと、レイナは心の中で苦笑した。


(つづきへ→)

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