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ハトノユメ

自作小説ブログ

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邂逅 (1)

「この先に、貨物列車の線路があるんだ。それに乗れば、自治区の近くまで行けるぜ」

山中にどんどん分け入りながら、ひげの男は後ろに続くアルバトロスに話しかけてくる。日が傾き、あたりは暗くなってきた。樹木が生い茂り、草の背も高い。今にも熊かなにかがでてきそうな中を進んでいく。

「乗れるんですか、それ。いくら貨物列車の発着場でも、警備くらいはしてるでしょう」

「あるのは発着場じゃねえよ、線路」

「……つまり?」

「走行中の列車に飛び乗るのさ」

男は髭の顔をわずかにアルバトロスのほうへむけた。その顔が、にやりと笑う。

「なに、ちゃんとコツを教えてやるから心配するなって」



しばらく進んだところに小さな谷になっている地点があった。谷間は狭く、大人が三人並べるかどうかという距離だ。その谷の両側の斜面にはトンネルが作られていて、その下にわずかばかりの線路が見える。

「この路線はその行程のほぼ全てが山中のトンネルを走っているんだ。発着場は線路の両端にしかなく、途中停車はいっさいなし。この路線で地上に顔を出しているのは、両端の発着場と、今いるこの狭い谷間だけ。軍事上の機密物資を運ぶために作った極秘の路線らしくてな、この国の人間でも存在を知っているやつはまれらしい」

男の説明を聞きながら、アルバトロスは眼下のトンネルを見つめた。

「どうしてここだけ地上にでているんでしょう。どうせならもっと深く掘り下げてしまえば、全部地下に埋められただろうに」

「この地点だけ、下にある固い地盤層が浅い位置にあるために掘り下げることができなかったらしい。ま、そのおかげでこんな作戦が可能になるわけだが」

「ここは警備してないんですね」

アルバトロスは周囲の気配をうかがう仕草をしながら言った。

「こんな獣道さえないような山中までくるやつはいないだろうって思ってるんだろうさ。ま、実際にはこうしてばかなまねをする奴がいるけど」

からかうような口調で話す男に、アルバトロスは少し顔をしかめてみせた。

「……それがぼくってことですか」

参ったなという気持ちをにじませるアルバトロスの言葉に、男はふっと笑ってから、

「背に腹はかえられんだろう?やるか、やらないかと聞かれたらやるだろう、ぼうずは」

と言ってきた。

そしてその視線が、アルバトロスの瞳をまっすぐにとらえた。

アルバトロスはその視線をしばし受け止めてから、

「ほかに方法がないのなら」

と静かに答えた。

男はその返答に満足したという表情で、「そうこなくっちゃな」とつぶやいた。

「今俺が考えうる範囲では、期日までにたどりつける一番確実な方法がこれだ」

ひげの男の言葉に、アルバトロスはかすかに笑ってみせた。

「この隙間から飛び移るんですか」

アルバトロスの問いにひげの男は「いいや」と答える。

「この路線は相当速度が速い。そのうえ列車の上部はトンネルすれすれだ。ここから飛び乗ると、トンネルの入り口に頭がぶつかるのはほぼ確実だな」

アルバトロスの脳裏に嫌な想像がうかんだ。脳震盪ではすまなそうだ。

「では、どのように?」

「トンネルの内部から飛び移る。いいポイントがあるんだ。時間になったらその場所に行く。今はだめだ」

アルバトロスは首をかしげて話の先をうながす。

「トンネルは上だけでなく左右も列車が通れるぎりぎりの大きさしかないんだ。途中数か所だけ、整備機器を置くために横幅を広くしてある地点があるんだが、そこまで行くにはちょっと時間がかかるんだ。今の時間だと、近いうちに列車が一回くるはずだ。俺たちがその広くなっているポイントにたどりつくまでに追いつかれてしまうだろうな。そうなると、だ」

「……まずいことになりますね」

「だろ?その列車をやりすごしてから向かうとしよう。それまでここで休憩だ」

男は手近の大きな石に腰かけた。

アルバトロスも近くの木の根にちょうどよい場所を見つけて座った。


あたりはかなり暗くなってきていた。


(つづきへ→)




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邂逅 (2)

「こんな任務にかりだされて、ぼうずも大変だな」

ひげ男の言葉にアルバトロスは曖昧に笑った。かなり暗くなっているので、それが男に見えたかどうかはわからない。

「あなたこそ、潜入任務は大変ではないのですか」

「もう慣れたな」

「……いつから、この任務を?」

アルバトロスの問いに、ひげ男はやや間を空けて考えるそぶりをしている気配だった。

「いつからだったかな。だいぶたつ。以前は本国の基地で通信士をしていたこともあった」

「へえ」

「あのころは若かった。敵の暗号を解読することや、より難解な暗号を開発することに熱中していたな」

ひげ男はくくっと自嘲気味に笑った。

「もともとはパイロット志望だった」

「どうして通信士に?」

「初期訓練は受けたんだがな、途中で体がでかくなりすぎてだめだと言われた。コックピットのイスには規格外だってさ」

ひげ男はそこで笑い声になった。

「小さすぎるんだよ、コックピットの作りが」

ひげ男はかなり体格が良い。背が高く、立派な筋肉が全身についている。たしかに戦闘機のコックピットにおさめるには大きすぎる体かもしれない。相当に窮屈だろう。

「小型化と軽量化を推し進めたためにあのサイズになったんだろうな」

「もっと操縦席に余裕のある輸送機のパイロットになることはお考えにならなかったのですか?」

「少し考えたがな……。才能がないことを痛感してきっぱりあきらめたよ」

ひげ男はそこでふうっと長い息をはくと、頭上を見上げた。

「いっしょに操縦訓練を受けていた同期に、ものすごいのがいてな。そいつの飛びっぷりを見ていたら、自分の腕のなさがあわれに思えた。コンドルっていって、俺が本国にいたころはちょっと名の知れたパイロットだったが、知ってるかい」

「はい。ものすごい腕前だったって語り草になっていますよ」

「へえ、ぼうずみたいな若いのにまで知られてるのか。さすがだな」

「有名ですから。まあ、同年代の知人のなかには知らない人もいますけど」

「無理もない。ヤツが活躍してたのは十年以上も前だからな。今の若いのは知らないやつもいるだろうさ」

ひげ男は苦笑した。

「そんなすごい人が、あるときぱたっと姿を消してしまったんですよね、たしか。戦死したって言う人もいれば、どこかで今も飛んでいるはずだって言う人もいる。すごく不思議です」

アルバトロスの言葉に、ひげ男は空に視線を向けたまま言った。

「コンドルは、絶頂期に突如引退したんだよ」

「なぜ」

「さあ。理由は知らんが、もう飛ばないと言ってな。その後は一度も飛行機には乗っていないはずだし、軍とも一切接触していない。それで消息不明ってことになっている」


いつの間にか上ってきた月が、ひげ男の顔を照らした。その横顔は、昔を思い出すような、ぼんやりと遠くを見ているような気配だった。

「あいつは飛ぶのはうまかったが、戦うことには不向きな性格だったからな」

ぽつりとそう言うと、ひげ男はトンネルのほうへ視線を移した。

「もうすぐ列車がくるな。それが通り過ぎたら出発しよう」

腰を上げた男のあとを、アルバトロスは無言でついていった。


(つづきへ→)

邂逅 (3)

斜面のわずかな突起をたよりに谷底へ下り、そこからトンネルの内部へと足を踏み入れた。

中はぽつり、ぽつりと非常灯がついてはいるが、かなり暗い。ひげ男が持っていた小型の携帯灯で足元を照らして進んだ。

がり、がりと敷き詰められた砂利を踏みしめる足音が響く。しばらく無言で歩き続けると、幅がやや広くなったところに機器が積み上げられている場所があった。が、ひげ男は「ここじゃあない」と言ってさらに進んでいく。

同じような場所をもうひとつ通り過ぎ、さらに進んだところでたどり着いた幅広の地点で、ひげ男は「ここだ」と言って足を止めた。

「少し先にこの路線で唯一の大きな急カーブがあってな。列車のスピードがかなりゆるむから飛び乗ることができるってわけだ。ほかの場所じゃ速すぎて無理だな」

「なるほど」

素直に感心するアルバトロスを見て、ひげ男は目を細めた。

「さて、列車がくるまで待つとするか」


------


しばしの沈黙ののち、アルバトロスは気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、あなたはコンドルという人とかなり親しいのですか」

横に座っているひげ男のほうをちらっと見る。男はアルバトロスをやさしい目で見おろしていた。

「同期だから多少知ってるってだけだな。どうしてそんなことを聞く?」

「コンドルという人が今どこにいるか、あなたはご存じなのでは?」

その問いにひげ男は答えなかった。代わりに「会ってみたいのかい」と問うてくる。

「はい、聞いてみたいことがあるんです」

「あいつにパイロットとしての話を聞こうとしても無駄だと思うぞ。引退してからはパイロット時代のことは一切語らないらしいからな」

ひげ男はアルバトロスを諭すように言う。

アルバトロスは少し考えてから、「迷っているんです」とつぶやいた。

「何を迷ってるんだい」

ひげ男はアルバトロスの肩にそっと手をおき、静かに訊ねてくる。その気配は、なぜだか不思議と安心できた。

「飛びつづけるべきかどうかを」


このところずっと心にあった迷いを、アルバトロスは口にした。


(つづきへ→)



邂逅 (4)

アルバトロスは、ずっと抱えていた思いを、ひげ男にぽつぽつと語った。
飛ぶこと、戦うこと、これまでのこと、現在のこと。

初対面の相手にこんなに自分の心情を話すことはかつてなかった。

ひげ男のもつ不思議と人を安心されてくれる雰囲気が、アルバトロスを多弁にした。

「戦いたくはない。でも飛ぶことをやめるのは未練があるんです。矛盾している」

最後にそう言ってうつむいたアルバトロスに、ひげ男は言葉を発することはなく、ただアルバトロスをおちるかせるように、肩をぽん、ぽん、と叩いた。


------

列車がくる時刻が近付いてきたと言って、ひげ男は立ち上がる。

「いいかい、乗ったらあとは積み荷の隙間に収まってじっとしているんだぞ。夜明け前には発着場に着くはずだ。トンネルを抜けてから発着場までは少しだけ距離がある。発着場のやつらに気づかれないように、トンネルを抜けたらすぐに列車から飛び降りて、脇の樹木に紛れ込むんだ。夜明けを待って山を下っていくと小さな川がある。それを上流へ進めば街道にでるから、あとは標識を頼りに自治区まで歩いていくんだ。多少距離はあるが、約束の日には間に合うはずだ」

「はい、ありがとうございました」

深く頭をさげたアルバトロスに、ひげ男はほほ笑んだ。

「任務の成功を祈る」

「はい」


小さな声で答えたアルバトロスを少し見つめたあとで、ひげ男は少し気恥ずかしそうな様子で口を開いた。

「それからな、悩むのは、悪いことじゃないぞ」

そう言って、肩を叩いてくれる男に、アルバトロスは最初きょとんとしたが、先ほどの話について言っているのだと気づいて、こくんとうなずいた。

「進むべき道に迷った時は、とことん悩めばいい。自分を見つめなおすいい機会だと思ってな」

「はい」

「悩みのない人間なんていないんだ。悩み、考え、進むべき道を選ぶ。みんなそうやって生きてるんだよ」

「……あなたも?」

「もちろんそうさ」

ひげ男がにっと笑ったのを見て、アルバトロスも少し笑った。

「なあ、ぼうず、もしかしてアルバトロスって名前かい」

「……はい、そうですけど。どうしてわかったんです?」

任務にあたるパイロットの名前は現地の仲間にも伏せられているはずだ。そういった情報をもらさないためにわざわざ合言葉など設けてあるのだ。顔さえ知らされてないはずだ。現に、ひげ男は自分が今回の任務にあたっている当事者かどうか、合言葉を言うまでわからなかったはずだ。

それなのに、どうして名前を言い当てることができるんだ?

「いやなに、少し前に本国の知り合いからまだ若いがいいパイロットがいるって聞いたんだよ。アルバトロスって名だと言っていたから、もしかしたらそうかと思って」

「そんな。いいパイロットじゃないですよ、ぼくは。その情報だけでどうしてぼくだと思ったんです」

「……自分に似ていると言ったんだよ、その知り合いが。自分の若い時に似ているってさ。確かにそうだなと俺も思う。お前さん、似てるよ、あいつに。才能を持て余しているところも、才能があるが故に悩みが多いところも、よく似ている」

「どんな方なんです?そのお知り合いの方は」

「お前さんたちが伝説のパイロットだと呼んでいるやつだよ」

「え?」

「列車が来るぞ」

アルバトロスの声を、ひげ男の緊張をはらんだ声が遮った。

ゴウっという音が近づいてくる。点のようなヘッドライトが見えたと思ったら、みるみる大きくなる。

「さあ、そろそろ減速するぞ。準備しな」

ひげ男に背中をたたかれ、アルバトロスは身構えた。

「機会があったらまた会おう。そら、今だ、飛び移れ」

ガタガタガタという列車の走行音が響く中で、かろうじて聞こえるひげ男の合図にうながされ、アルバトロスは宙に舞い上がった。

目の前にきた柱につかまり車両の内部に転がり込む。すぐに左方向に遠心力をかんじた。急カーブだ。それを過ぎたあとは一気に速度を増していく。

非常灯の明かりだけがちらちらと過ぎ去っていくほかは、なにも見えない。


アルバトロスは積み荷のすきまに身を置くと、目をとじた。

頭の中を、先ほど聞いたひげ男の言葉が何度もよぎる。

できることなら、また会いたい。また会って、さっきの話の続きを聞きたい。


そう思いながら、アルバトロスは時間が過ぎていくのを、ただひたすらに待った。


(つづきへ→)



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