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ハトノユメ

自作小説ブログ

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潜入 (1)

大通りの雑踏のなかを、アルバトロスはイーグル、バーディとともに歩いている。

服装は、敵国で彼らと同じ年頃の少年たちが日常身につける当たり障りのないものだと説明された、作戦部からの支給品である。

イーグルは「野暮ったいな」と不平を言っていたが、普段制服か飛行服ばかり着ているアルバトロスにはデザインの良し悪しはわからなかった。

妙な模様が描かれたTシャツとジーンズ、それにフード付きのジップアップパーカの一式で、靴はスニーカー。ほかの二人も似たような出で立ちで、ゆったりと、あたかもこれから繁華街へでも遊びに行くような風情で歩いている。

だれも敵国の人間であるとは気づいていないようだ。

------

三人は作戦開始とともに車で移動を開始した。

まずは、敵国ではなく中立を宣言している別の隣国へと入国。そこからさらに移動し今度はその隣国と、敵国との国境に向かった。彼らはそこで中立国の人間であることを示す偽造旅券を使って敵国に入国した。迂回することで、彼らは中立国の人間になりすまし、敵国での行動をしやすくする。

入国審査で答えた入国理由は《観光》である。


三人の現在地は国境を越えてからすぐ最初にたどり着くある程度大きな街。ここから鉄道に乗ることになっている。途中のターミナル駅で特急列車に乗り換え一気に自治区の手前まで進む計画だ。

乾いた煉瓦の街並みのなかで、三人は時折立ち止まっては旅行ガイドブックを読んだり、立て看板を確認したりしている。

言葉を多く発することはない。彼らの言語と中立国の言語、それに敵国の言語は基本的には同じだが、国と地域により微妙に発音やイントネーションが異なる。あまり話すとぼろがでる。

三人は駅を目指して歩き出した。


街の中心にまっすぐのびた大通りにでると、道の両脇に露天商がいくつも店を出している。

商品は食材、生活雑貨、民芸品、軽食などさまざまだ。バーディは道の左右をきょろきょろ見回す。物珍しさに目を輝かせているようだ。ふいにアルバトロスの袖を引く。

(ねえアル、あれなんだろう?おいしそうだよ)

小声で話すバーディの視線の先を見る。菓子を売る店のようだ。

近づいてみると、バターケーキを専門に扱っている。形が変わっていて、手のひらくらいの大きさに一つ一つ焼き上げてある。

アルバトロスたちの国では大きな角型で焼いたものを薄く切り分けて食べるのが一般的だが、目の前に並んでいるのは、花や、動物など様々な形をしている。これだけ多くの型を用意するだけで大変そうだ。それぞれに木の実や果物などちがうものを混ぜこんである。

「買ってみようよ。あとで特急に乗っているときに食べよう」

バーディの言葉にアルバトロスはうなずいた。イーグルもバーディの隣へ来て商品を物色している。ふだんは甘いものを食べている印象はないイーグルも買うつもりらしい。

バーディはチョコレート味の生地にクルミが入った熊の顔型のものを買った。イーグルはプレーン生地にクルミ入りの星型を、アルバトロスはマーガレットの形をした、プレーン生地に夏ミカンの皮の砂糖漬けが入っているものをそれぞれ選んだ。

別の露店で飲み物を買い、三人はまた駅を目指した。


(つづきへ→)

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潜入 (2)

駅で計画に狂いが生じた。

鉄道が予定通りに運行していない。車輌故障で立ち往生した列車の処理に時間がかかり、ダイヤが大幅に乱れているようである。駅員に話を聞くと、列車は四時間前から一本も駅に来ていないという。次の列車が来るのは夕刻になりそうだとのここだ。

「どうしよう」

駅舎の前におかれたベンチに腰かけて、バーディはため息をつく。

「待つしかないだろ」

しれっと言ったイーグルは、先ほど買った缶コーヒーを開けて飲み始めた。表情がすぐれないのは計画が狂ったからではなく、タバコが吸えないからだろう。少年らしくふるまうことが要求される今回の任務が始まってから、バーディは人前でタバコを吸っていない。目立つことを避けるために自主的にひかえているようだ。

「目的地への到着日までは2日の猶予がある。多少の遅れはもともと計算のうちだ。それよりも問題はどうやって待つか、だ」

イーグルは声を低める。

「このまま駅の近くで待つのはやめたほうがいいと思う。駅には警備員がいるし、長居すると勘付かれる可能性があるぞ」

「じゃあ、どうするのさ」

「街中を観光でもしているのがいいだろうな。一か所にとどまるより移動を続ける」

イーグルの言葉にアルバトロスはうなずいた。彼の言うとおり、駅前にとどまり続けるのはあまりよい気分ではない。駅の周囲には私服警官と思われる者が幾人もうろついている。目をつけられたらやっかいだ。列車が来る夕刻まで街中を散策でもしていたほうがよいだろう。

「それから・・・・・・」

イーグルがまた声を低める。

「一人ひとり別行動したほうがよいと思う」

バーディはその言葉にあきれ顔になる。

「イーグル、こんなときに協調性のないことを言わないでよ」

「べつにそういう意味で言ったんじゃない。三人で徒党を組んでいるとかえって目立つ気がするんだよ。集合時間を決めて、バラバラに行動したほうがいいと思うけどな」

確かに少年のグループは少々目をひいている印象はある。理由はわからないが、この街には若者が相対的に少ない。ただでさえ目立ちやすいのに、三人いればなおさらだ。

「アル、きみの意見は」

バーディが訊ねてくる。アルバトロスは少し間をおいてから、

「イーグルの言うことは一理ある。たしかにちょっと目立ってたね」

と答えた。

「じゃ、決まりだな」

イーグルが口元だけかすかに笑う。


「夕方四時に駅舎の前に戻ってくる。そのあと列車に乗ってターミナルへ向かおう」

「ターミナルに着くのは夜になっちゃうね。どうするの」

「夜行列車があるだろう」

「ああ、そっか」


事前に買っておいた時刻表をめくりながら、イーグルがおおまかな計画をたてなおす。

「もしも四時に全員そろわなかった場合は、その時点で戻ってきたものだけで先に出発する。遅れたやつは、自力で何とかしてもらうからな。最終的に3日後の朝に目的地にたどりつけるように最善を尽くすこと」

「わかったよ」

「了解」


イーグルとバーディが雑踏のなかへ去っていくのを見届けてから、アルバトロスは別の方向へ歩き出した。


(つづきへ→)


潜入 (3)

アルバトロスはしばらく商店街を散策したのち、街の喫茶店で時間をつぶすことにした。

街角で目についた店を適当に選んで入った。大通りからはすこしそれた界隈にあるその店は、広くはないが落ち着いたたたずまいで、飴色の木の壁と床、黒い革張りの椅子、淡い光を灯すランプが印象的だった。

窓際の席に座って外をながめる。注文したコーヒーはすぐに運ばれてきた。本当はかんきつ系のジュースが飲みたかったが、メニュウ表にはコーヒーと紅茶しかなかった。アルバトロスはコーヒーに関してはブラックが好きだが、子供らしくないかもしれないと思い、普段は使わないミルクをいれた。

ミルクの白がコーヒーの黒のなかに渦を描く。螺旋状に降下していく飛行機の軌道が頭にうかんだ。

コーヒーを飲みながら往来を観察する。

不思議な気分だった。

行きかう人々がみな「敵」であるという事実は、アルバトロスにはひどく奇妙に思えた。目の前を通り過ぎてゆく人たちは、アルバトロスの国の人たちと変わりなどない。日々の生活を静かに送っているのだ。その人たちとなぜ戦っているのか。

アルバトロスはその疑問を抱えて飛んでいる。最初のころは何も考えなかった。飛ぶことが楽しく、飛ぶことがすべてだった。それが何を意味するかなど考えはしなかった。幼かったと思う。好きなおもちゃを振り回して遊んでいる子供のようなものだった。

いつのころからか、なぜ飛ぶのかを考えるようになった。自分が飛んでいるというのはどういうことなのか。時折空で遭遇する相手はだれなのか。なぜ機関銃を撃ってくるのか、なぜ自分は撃ちかえすのか。

飛ぶことの意味をより深く考えるようになったのは、前線を離れ、辺境の基地に勤務するようになってからだ。


飛ぶ時間が減った。

けがをしていてしばらく動けず、治ってからも任務が少なく飛ぶ機会がない、そんな日々。

時間ができたことで、それまで気にならなかったことが頭をよぎるようになる。夢中で続けていれば脇目をふることはなかったかもしれないが、ふと得た休息が周囲を見回す余裕をもたらした。

そして、あの言葉。あれが決定打だったと思う。


なぜ戦うのか。


懇意にしていた喫茶店の店主に言われたその言葉。いつも揚げたてのドーナツでもてなしてくれた柔和な店主。あまり口数の多くないアルバトロスの話を楽しそうに聞いてくれ、その何倍も楽しい話を聞かせてくれた人。不思議な魅力にあふれたその人から、ふいに聞かれた。なぜ、きみは戦うの、と。

あれからずっと考えているが、明確な返答はいまだにでていない。


なぜ飛ぶのか。


この問いになら答えられる。飛ぶことが好きだから。その一言に尽きる。

空にいるときのあの感覚は、言葉では言いつくせない。地上ではあれこれ考えていても、飛んでいるときは単純だ。飛行機と一体になり、空を翔けてゆくことだけを考える。そして、とても幸福な気分になる。


ただ、飛んでいられればいいのに。

無理なことだとわかっていても、そう願ってしまうことが多くなった。敵に遭うことなく、偵察をすることもなく、ただ飛ぶことを楽しめたらどんなに良いだろう。

空に美しい軌跡を描くことだけを考えて飛べたなら。


日が傾き、黄金色に変わった空と海の間を、小さな飛行機で、悠々と飛んでゆく。光を反射してきらきらと輝く翼を駆って、いつまでも、いつまでも、夕日に向かって飛びつづける。

そんなことができたなら。


自分が飛んでいられる時間は、もうそんなに長くはなさそうに思える。迷いを抱えている今の自分の腕前には、以前ほどの切れ味は期待できない。このまま飛びつづけていても、たいした成果はあげられない。撃ち落とされてしまうことも十分にあり得る。



ふいに手にしたコーヒーに目を落とす。すっかり冷めてしまったそれを一気に飲み干した。もうしばらく時間をつぶそうと思ったが、背後から視線をかんじて取りやめる。

いやな予感がした。


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潜入 (4)

早々に勘定を済ませて店をでると、足早に大通りを目指した。


角をあと一つ曲がれば大通り、駅が目と鼻の先という地点で、後ろから声をかけられた。

「ちょっときみ、待ちなさい」

周囲にほかの人影はない。アルバトロスは立ち止まらず大通りにでようとした。人ごみにまぎれてしまえばやりすごせる。

大通りにでようとしたその時、横から人があらわれてアルバトロスの進路を阻んだ。背後には先ほど声をかけてきた男がちかづいてきている。目の前の男の視線は、先ほど喫茶店で感じた視線と同じものだ。

---この男、ずっとつけてきていたな。

そう思いながらとらえた男の視線は、ぞっとするほど冷ややかだった。

あと少しだったのに。列車に乗ってしまえば、この任務はほぼ成功といってよかったはずだ。

自分の挙動に不審な点があったかどうかを、アルバトロスはしきりに考えた。

そうは思えない。もしかしたら先ほど三人で行動していた時すでに尾行されていたかもしれない。少年のグループはこの街ではあまり見かけない。理由はわからないが若者が少ない街なのだ。目立っていたため不審者としてマークされたのだろうか。ほかの二人は無事だろうか。単独行動になったとき、尾行されたのが自分だけであればいいとアルバトロスはしきりに願った。

あの二人には無事に列車に乗ってほしい。もし自分はだめでも。

すぐ近くを人が行きかうなかで、冷やかな視線の男は、身分証明書の提示を求めてきた。

偽造証明書でやりすごせるだろうか。目の前の男は確信に満ちた顔をしている。自分が侵入者であることをすでに知っているような顔つきだ。

アルバトロスはカバンをさぐって証明書をさがすそぶりをしながら考える。

この男、もしかしたらぼくの顔を知っているのかもしれない。どこからか情報がもれていた可能性はある。

これ以上前後の男たちとの間合いが近づくのは避けたい。

証明書を渡そうとしたとたんに腕をつかまれ拘束される可能性だってある。目の前の男はその機会をうかがっているようにも見える。


どうすべきか。

不意に、通りを行きかっていた通行人の一人が、アルバトロスに横からぶつかってきた。どんと衝突され、よろめいたアルバトロスは二、三歩横にたたらを踏んだ。

今しかない。

アルバトロスはたたらを踏んだ状態から、そのまま走りだした。

上着のすそをつかまれかけたが、すんでのところで回避して雑踏の中を夢中で走りぬける。汽笛が聞こえた。

列車は出発したのだ。アルバトロスを乗せることなく。

あの二人は乗れただろうか。きっと大丈夫だろう。自分のようなヘマはするまい。

駅の周辺に警官が集まり始めていた。アルバトロスは駅をあきらめ街の郊外へ向かって走りつづけた。


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潜入 (5)

やがて尾行をふりきったアルバトロスは、駅が眼下に見える郊外の高台にたどりついた。人影のまばらなその場所で、近くの樹木に身をよせた。

ふうっと一つ息をはく。

とりあえず拘束は免れたものの、これからどうすべきか思案する。

街をでるには、いたるところに検問がまっている可能性がある。何とか列車に乗れたとしても、車内で見回りがあったら逃げ場がない。とりあえず、背後にひろがっている森に身を隠すしかないか。かなり鬱蒼としていて危険を伴いそうだが、このさい贅沢はいっていられない。


考えをめぐらせていると、いきなり人の声がした。

「いい抜け道を教えてやろうか、ぼうず」

アルバトロスの背筋に、冷たい汗が一筋流れた。素性がばれている。

声は斜め後方から聞こえる。アルバトロスは振り向かない。顔を見られるのは避けたい。何とかしてこの場所を離れなければ。

「おいぼうず、土星の環をさがしているのか」

野太い声をした男の言葉に、アルバトロスは息をのむ。

まさか、そんな。

---土星の環をさがしているか?

それは、現地で仲間を識別する手段として作戦部から聞かされていた合言葉。そう聞かれたら、決められた答えを述べる。でも、こんなところに仲間がいるのか、ここはまだ目的地にはほど遠い地点じゃないか。

「おい、どうした、答えろよぼうず。土星の環をさがしているのか」

男はもう一度訊ねてきた。聞き間違いではない、たしかに合言葉を知っている。

「ぼくがさがしているのは……彗星の置きみやげです」

アルバトロスはゆっくりと言うと、後方を見やった。ひげ面の大男がにっと笑う。

「なんだ、ちゃんと知ってるんじゃないか。早く言わないから人違いをしたかとひやひやしたぞ」

男は近づいてきて大きな手でアルバトロスの肩をぽんぽんと叩く。

「すみません、この街に仲間がいるとは聞いてなかったので、びっくりしたんです」

「ああそうか。確かに俺はいつもはこの街を根城にしてるわけじゃねえからな。ここにいたのはたまたまだ。ついてたな、ぼうず」

男はあっけらかんと言うと、先ほどまでアルバトロスの肩を叩いていた手で今度は頭をなでてきた。髪の毛がくしゃくしゃになる。そのおおらかな態度に、アルバトロスの緊張がほぐれる。

「まあそんなことはどうだっていいさ、とりあえずついてきな。助けてやるぜ、小さなパイロットさんよ」

「恩に着ます」

男が大股で歩いてゆくのを、アルバトロスは小走りで追いかけた。


(つづきへ→)



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